第199話 託す思い


 時は流れて。

 直希とつぐみの結婚式から二か月が過ぎた。




 結婚式を終えた直希とつぐみは、クリスマスに直希が貰ったチケットを使って二泊三日の新婚旅行に行き、そして新居をあおい荘の二階に移動したのだった。


 直希の部屋はスタッフルームとして開放し、あおいと菜乃花はこの日、来週に迫った花見大会の最終打ち合わせの為、ここに集っていた。

 あおい荘で初めて行われる花見大会、直希の強い要望で、企画も含めて全てあおいと菜乃花が任されることになっていた。


「当日は大変だと思うけどよろしくね。何か困ったことがあったら、いつでも声をかけてくれていいから」


「はいです。ですがそうならないよう、菜乃花さんとしっかりすり合わせをしておきますです」


「直希さんとつぐみさんが安心して楽しめるよう、私たちもがんばります」


 そう言った二人の笑顔に、直希とつぐみは顔を見合わせうなずきあった。


「それでね、あおいちゃん菜乃花ちゃん。花見を二人にお願いしたいってつぐみに言った時に、もう一つ話していたことがあるんだ。

 俺たちはこれからのあおい荘について、ずっと考えていた。タイミング的にも今が一番いいと思って……今日はそのことを二人に相談したいと思うんだ」


 その言葉に、あおいと菜乃花がつぐみに視線を移した。つぐみは二人をみつめ、穏やかに微笑みうなずいた。


「実はあおい荘に、新しい入居希望の方がいるんだ」


「新しい入居者さん……」


「年末に話があって、色々と手続きを進めていたの」


「また賑やかになりそうですね」


「それでなんだけど、二人にお願いしたいことがあるの」


「私たちにですか?勿論ですつぐみさん、私たちに出来ることなら言ってほしいです」


「私も、出来る限り協力します」


「ありがとうあおいちゃん、菜乃花ちゃん。こういう時、まずは入居者さんの健康状態や既往歴、家族構成とかの資料を集めるところから始めるんだ。そして面談。この人はあおい荘で住むことが出来るかどうか、他の方とうまくやっていけるか。それを俺たちが判断してた。まあ、選別するみたいで申し訳ないんだけど、何と言ってもここは共同生活の場だからね、必要なことなんだ」


「はいです、私もそう思いますです。勿論、希望される方全員が入れるに越したことはありませんが、今入られている方の生活も大切ですし」


「それでなんだけど、実は今回、入居希望の方が二人いるんだ」


「お二人ですか」


「うん。それでまあ、今日までにあらかたのことは済ませたんだけど、二人にその方たちの面談をお願いしたいんだ」


「え……」


「私たちがですか」


「うん。あおいちゃんと菜乃花ちゃんに直接会って貰って、最終的な判断をしてもらいたいんだ」


「そんな大役……直希さん、それはちょっと」


「あおい荘のオーナーは直希さんです。私たちはただのスタッフですし、そんな責任のある役目」


「あおい、菜乃花。これはね、直希がずっと望んできたことなの」


「つぐみさん……」


「これまで直希は、ずっと一人で頑張ってきた。何が起こっても責任は全て自分が取る、そう言って判断してきた。でもね、それじゃ駄目なんだってことぐらい、直希も分かってた。私もね。

 でもオープンしてこれまでは、そうせざるをえなかった。あなたたちにしても、まずは一人前のヘルパーとして業務をこなしていく、それだけでいっぱいいっぱいだった」


 あおいや菜乃花の脳裏に、これまでの数々の騒動が蘇ってきた。


「私たちの役目は、一日も早くあなたたちを立派なヘルパーにすることだった。そして……それは叶った」


 そう言ってつぐみが微笑む。あおいと菜乃花は息を飲み、その笑顔に釘付けになった。


「直希がずっと願っていたこと。新しい人材によって、新しいあおい荘を作っていく。そしていつか、その人たちが巣立っていき、第二第三のあおい荘を築き上げてくれる。そうなれば私たちは、喜んでその人たちの為に働かせてもらう。

 あおい、菜乃花。言ってる意味、分かるわよね」


「それは……」


「君たちはもう、立派なヘルパーだよ」


 直希の言葉に、あおいと菜乃花の胸が熱くなった。


「そして……俺の願いは叶った。君たちはここでたくさんの経験をして、大きく大きくなっていった。俺はね、君たちにこれからのあおい荘を任せていきたい、そう思ってるんだ」


「そんな……直希さん、それは無理です。私たちは直希さんがいたからこそ、何とか頑張れたんです」


「勿論サポートはするよ。今までと特に変わることもない。ただ二人にはこれから、あおい荘の運営の面でも協力していってほしいんだ」


「……」


「あおい、菜乃花」


 つぐみが二人の手を取る。


「私たちはね、こうなっていくことが夢だったの。あなたたちには可能性がある。私や直希には出来ないことでも、あなたたちにならきっと出来る、そう信じてるの」


「つぐみさん……」


「二人でね、ずっとこういう話をしてたの。あなたたちがあおい荘を作っていく、そんな未来が来たら、どんなに楽しいだろうって」


 そう言って二人を抱擁すると、あおいと菜乃花の目に涙が溢れて来た。


「あなたたちはね、介護バカの直希が惚れこんだ、ずっと探していた大切な宝物なの。直希のことを信頼してくれるのなら……この話、受けて欲しいの」


「勿論、面談には俺たちも同行する。最初は何をしたらいいかも分からないだろうから、しっかりサポートする。だから二人共、安心してほしい。そして出来れば……これからもあおい荘の為、頑張って欲しいんだ」





 直希の言葉に、二人は感極まり声をあげて泣いた。

 これまで頑張ってきた。

 辛いこともたくさんあった。泣いたこともあった。

 しかしそれでも直希とつぐみの背中を見つめ、追い続けた。

 いつかその背中に追いつきたい、そう思い、歯を食いしばってきた。


 今、その二人から認められた。立派なヘルパーだと言ってもらえた。

 そしてこれからのあおい荘を一緒に作って欲しい、そう言ってもらえた。

 二人に認めてもらえた感激と、どこまでも自分たちのことを考え、見守ってくれる二人への感謝に、胸が押しつぶされそうになった。


「どうかな、あおいちゃん、菜乃花ちゃん」


 直希の優しい言葉に、二人はうなずいた。


「はいです、はいです直希さん、つぐみさん……風見あおいはこれからも、一生懸命がんばりますです」


「私も……私もです……どうかこれからも、私たちに道を示してください」


「ありがとうあおい、菜乃花」


「ありがとう、二人共。これからもよろしくね」


 直希が三人を抱き締めると、あおいと菜乃花は更に泣いた。




 あおい荘の新たな1ページが今、開かれようとしていた。



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