第198話 幸せになります
続いて始まった披露宴は、大変な盛り上がりとなった。
あおいたちの手作りによる高砂席に座った二人に、それぞれが祝い酒を持ってやってくる。
大役を終えた西村もほっとした様子で、ビールを片手にご機嫌な様子だった。
あおいと菜乃花、そして明日香は料理を手に忙しそうに走り回っていたが、「今日ぐらいはじっとしてなさいよ」と街の人たちに諭され、恐縮した様子で席についたのだった。
街の人たちが料理を運ぶ姿に、流石に直希もつぐみも恐縮して立ち上がろうとした。
「いやいや皆さん、今日は皆さんがお客さんな訳で、そんなことをされると困ります」
「いいんだよこれぐらい。あんたたちには本当、いつも世話になってるんだから。それに今日の主役はあんたら二人なんだからさ、主役らしくそこで堂々と座ってなさいよ」
「ほっほっほ、それもまたいいじゃろうて、のぉナオ坊や」
「西村さん……でも流石に」
「いいのよ、直希ちゃん」
「山下さん……」
「こんな結婚式があってもいいんじゃないかしら。それに……うふふっ、誰に頼まれた訳でもないのに、みんながあなたたちの為に働いてくれて……とってもあなたたちらしい結婚式だわ」
「そういうことよ、ナオちゃん」
「小山さんも」
「このお礼は、これから時間をかけてやっていけばいいことよ。今日は皆さんのご好意をちゃんと受けて、感謝すればいいと思うわ」
「小山さん……ありがとうございます」
「私はここに座るさね」
「節子さん?」
「しばらくあんたの傍におれんかったもんでな、調子がくるってたんさね。ほれその料理、私にも食べさせてくれんか」
「ははっ……はいはい、どうぞ」
庭も人で溢れかえり、ここが高齢者専用住宅であることを忘れてしまいそうなぐらい賑やかになっていた。
「ではこれより、新郎新婦によるケーキカットのセレモニーを始めるぞい」
酒に酔い始めた西村が、挙式の時とはまるで違う様子でそう言った。
そんな西村を見て山下は、「ちょっと見直してあげたのに……全くこの人は」と苦笑した。
菜乃花たちによって、カートに乗せられたたくさんのウエディングケーキが運び込まれてきた。
「それじゃあナオ坊、つぐみちゃん。そのケーキ全部に入刀して、みなさんにふるまうんじゃ」
「あ……は、はい、分かりました」
西村に言われるがままに、二人が立ち上がる。あおいが持って来たエプロンをつけて、一つ一つのケーキにナイフを入れていく。
そして小皿に乗せると、列席者たちの元へ挨拶をし、手渡していった。
「ほっほっほ、これこそが本当のケーキセレモニーじゃて」
「どういうことでしょうか」
生田の問いに、上機嫌の西村が答える。
「起源は諸説あるんじゃがの、このケーキカットというセレモニー、本来は新郎新婦がこうして列席者にふるまうところから来ておるんじゃよ。言ってみれば、この幸せを分かち合う、そんな意味が込められとるんじゃ。しかし最近では、でかいケーキにナイフを入れる、それだけのイベントになってしまっとる。スポットライトを当てられて、その姿をどや顔で写真に納め、私たちが主役よと言わんばかりのものになっとる。じゃがな、本来はそういうものじゃないんじゃ。見てみるといい、あの二人を。本当に嬉しそうに、一人一人に挨拶をしながら、この幸せのお裾分けをしておるじゃろ」
「なるほど……いや、これは勉強になりました。確かにその通りですね。彼らにとって大切な人たち、その人たちに感謝の意を込めてケーキを振る舞う。この生田兼嗣、目が覚めたような気持ちです」
「ほっほっほ」
祝宴は遅くまで続けられた。
あおいと菜乃花のダンス、みぞれとしずくの歌。明日香の一発芸。
栄太郎も文江の制止を振り切り、またしても腹踊りを始めた。
祝電の披露では、ドイツから須藤、あおいの両親、菜乃花のクラスメイトたちからも届いていた。
あおい荘が笑顔に包まれていた。
「皆さん、本日は俺たちの為に、本当にありがとうございました」
披露宴の締めとして、新郎直希がマイクを持った。
「あおい荘がオープンして約一年、これまで本当に色んなことがありました。楽しいこともありました。辛いこともありました。でも、どんな時でも思っていたことがあります。
それはこの街で始めてよかったということです」
その言葉に、スーパーの店員や街の人たちが拍手をする。
「俺はこの街が大好きです。この街で生まれ、育ったことを誇りに思ってます。それはきっと、つぐみも同じだと思います。
でも俺は、こんなに温かい街で育ったのに、これまでずっと、自分ほど不幸な人間はいない、そう思ってきました。子供の頃に両親を亡くし、後悔と絶望の中で生きてきました。
でもそんな俺をこの街は、諦めずに見守ってくれました。みんなが俺のことを守ってくれました。そんな温かい街に少しでも恩返しがしたい、そう思って俺はこのあおい荘を立ち上げました。
誰もが老いていく。その現実に気付かされた俺は、俺の出来る事として、この仕事を選びました。少しでも笑顔になってもらいたい、生きていてよかったと思って欲しい、そう願ってます。今はまだ、この街にしかあおい荘はありません。でも俺はいつか、第二第三のあおい荘を立ち上げたい、そう思っています。この街をスタートにして、笑顔の輪を広げていきたい、そう思っています。
俺は、俺は、本当にこの街が大好きです。この街にいたからこそ俺は、皆さんに出会うことが出来ました。
明日香さんにも出会えました。みぞれちゃんしずくちゃん、そして菜乃花ちゃん、君にも出会えた。兼太くんと出会い、川合さんとも知り合えた。あおいちゃん、しおりさんとも出会えた。こんな素晴らしい街、最高に決まってます。そして俺は……つぐみに出会えた」
そう言って笑顔を向けると、つぐみも涙を拭って微笑んだ。
「最高の街、最高の皆さんに感謝します。こんな素晴らしい人たちに出会えました。こんな素晴らしい入居者さんに出会えました。生田さん、西村さん、山下さん、小山さん、節子さん。みんな、みんな大好きです」
直希の言葉に、入居者たちも嬉しそうにうなずく。
「おじさん。これまでつぐみのこと、大切に育ててくれてありがとうございました。これからは俺が一生かけて、つぐみのことを守っていきます。幸せにします」
東海林がハンカチで涙を拭い、「ああ。頼むよ直希くん」とうなずいた。
「じいちゃんばあちゃん、今まで本当にありがとう。俺、二人の孫で本当に幸せでした。これからも頑張るから、じいちゃんばあちゃんも、いつまでも元気でいてくれよな」
栄太郎も文江も、嬉しそうに微笑む。
「そして……今ここで、皆さんの前で俺は誓います」
そう言うと直希はマイクを置き、息を吸い込むと大声で宣言した。
「俺は……俺は!必ず世界一幸せになってみせます!今日は本当に、ありがとうございました!」
その言葉に、割れんばかりの拍手が起こった。
つぐみはその場に跪き、号泣した。
直希がみんなの前で誓った。この世界で誰よりも幸せになると。
それは自分が今まで、ずっと望んで来た言葉だった。願ってきた言葉だった。
直希に手を取られ立ち上がると、そのまま力強く抱き締められた。
耳元で直希から、「ありがとう、つぐみ」と、涙声で何度も何度も囁かれた。
あおいも泣いていた。菜乃花と明日香も泣いている。
皆が笑顔で泣いていた。拍手と歓声は鳴りやまず、いつまでもあおい荘を包んでいた。
「では……
西村がそう言うと、つぐみは照れくさそうに笑いながら前に出た。
「……皆さん、本日は長い時間、本当にありがとうございました。私たち、こんなにたくさんの方たちに祝福されて、本当に幸せです。これから私たち、皆さんの思いに報いる為にも、頑張ってまいります。これからもどうか、よろしくお願い致します」
そう言って直希の差し出す水を一口飲むと、改めて列席者に言った。
「この歌は……私と直希にとっての思い出の歌です。子供の頃、直希が喜んでくれるのが嬉しくて、いつも歌ってました。
私たちが自分の気持ちに気付いた、そんなきっかけの歌です。それを皆さんに捧げます」
静まり返ったあおい荘に、つぐみの歌声が響く。
それは映画「小さな恋のメロデイ」で流れていた、あの思い出の歌。
つぐみの澄んだ歌声に、皆が目を瞑って耳を傾ける。
直希はつぐみの手を握り、幸せそうに笑った。
つぐみの目には涙が光っていた。
今まで一番幸せな涙だった。
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