第197話 永遠の誓い


 扉が開くと、ウエディングドレスを身に纏い、ブーケを持ったつぐみが東海林と腕を組んで現れた。

 それと同時に、直希の時以上の拍手が沸き起こる。


 一歩一歩と、直希の元へと進むつぐみ。

 ウエディングドレス姿のつぐみに、直希は息を飲んだ。

 うつむいているので表情はうかがえないが、きっとベールの下では幸せそうに笑っているのだろう、そう誰もが思った。

 東海林は既に感極まっていて、涙ぐんでいる。


 直希の前で立ち止まると、直希は東海林に手を差し出した。

 東海林はその手を両手で力強く握り、「娘を……よろしくお願いします」そう言って頭を下げた。

 直希は東海林よりも深々と頭を下げ、「今まで本当にありがとうございました。娘さんのことは、必ず幸せに致します」そう言った。

 東海林はつぐみの手を取り、直希の手に重ねた。そしてその上にもう一度手を重ね、

「二人共、幸せに……」そう言って席へと戻った。


「……」


 つぐみが直希の腕に手を回すと、二人はサークルに入り、振り返って改めて一礼した。祝福ムードが最高潮に達し、しばらく拍手が鳴りやまなかった。





「……まずは新郎直希さん、新婦つぐみさんのベールを上げてください」


 西村がそう囁くと、二人は向かいあった。

 ベールに手を通してゆっくりと上げる。

 恥ずかしそうにうつむくつぐみに、直希は思わず見惚れてしまった。


「……何よ」


「あ、いや……何と言うか……」


「そんなに見つめないでよ。恥ずかしいじゃない」


「ははっ、ごめんごめん」


 再び正面を向くと、西村がマイクを手に、静かに語り出した。


「……結婚式というものは、たかだか10分程度のイベントです。緊張されているお二人からすれば、本当に一瞬の出来事です。後でビデオで観なおさないと覚えていないぐらい、あっと言う間に終わってしまいます。

 それでも人は、この式に並々ならぬ情熱を捧げる。それは例えば、子供の頃からの夢であったり、憧れであったり……父さんとバージンロードを歩きたい、そんな思いであったりします。

 ですがそれ以上に私は、この神聖なる式を、ただのイベントとして捉えてほしくない、そう思っています。ここに集ってくれた列席者の皆様は、あなたたち二人にとって最高の財産です。その皆様の前で、これからあなたたちは結婚の誓いをします。

 式には様々な形式がありますが、神や仏の前で誓うというのが一般的です。ですがあなたたちは、自らの意思でこの式を選びました。

 人前式――大切な人たちの前で誓うことの意義を、あなたたちは知っています。だから大丈夫、きっとあなたたちは幸せになれるでしょう。

 どうかこの日の誓いを忘れずに、今この瞬間の感動を胸に、これからの長い人生を二人で歩んでいくことを、心から願っております」


 そう言って笑顔を向けた。

 山下は驚きのあまり、口をぽかんと開けて西村を見ていた。

 他の入居者たちも同じで、西村の見事な演説に胸が熱くなったのだった。


「では……指輪の交換を」


 西村の言葉に、明日香が静かに立ち上がり、サークルにリングピローを持って来た。


「ちなみにこのリングピローは、山下恵美子さんの手作りによるものであります」


 西村の説明に、山下が立ち上がり一礼した。直希もつぐみも驚いたが、やがて見つめ合って微笑むと、「ありがとうございます、山下さん」そう言って頭を下げた。


「……ダーリン、おめでとう」


 明日香が直希にピローを渡し、改めてそう言った。


「明日香さん……はい、ありがとうございます」


「つぐみんもよかったね。幸せになるんだよ」


「うん……ありがとう、明日香さん」


 つぐみが感極まった表情で涙ぐむ。

 直希は明日香に一礼し、ピローに乗せられた指輪を手にしようとした。


「…………ん?」


 直希が動きを止めて首をかしげる。


「明日香さん、これ……なんで指輪が三つ」


「一つはあたしの指輪。これは亮平から貰ったやつ。ほら、この為に今ちょっとだけ外したんだ」


 そう言って笑顔で左手を見せる。


「いやその……なんで今、そんなことを?じゃなくて、なんで明日香さんの指輪がここに?」


「ダーリンに改めてつけてほしいんだ。だってあたし、お嫁さんになるのは諦めたけど、これからダーリンの愛人になる訳だし……って痛っ!」


「いいかげんになさい、明日香さん」


 無垢な瞳でそう言った明日香の頭に、つぐみがげんこつを食らわした。


「ちょっとちょっとつぐみん、約束が違うじゃん」


「なんの約束ですか、全く……ほら、自分の指輪を持って、さっさと席に戻ってくださいよ」


「分かったわよ、もう……つぐみんのケチ」


 明日香の小芝居に、辺りから笑いが起こった。


「しかし……挙式の真っ最中に人の頭を殴る新婦って……どうなんだ、これ」


 直希がそう突っ込むと、つぐみは赤面してうつむいた。


「い、いいのよこれで。今日はその……こういう格好をしてるけど、私はどこまでいっても私なの。直希だって、こんな私だから好きになったんでしょ」


「ああいや、文句とかじゃないんだぞ。そういうんじゃなくて」


「いいから。ほら、早く指輪入れなさいよ」


 二人のやり取りに、列席者からまた笑いが起こった。


「はいはい、分かりましたよ新婦様」


 直希が苦笑して指輪を取り、つぐみの薬指に入れる。つぐみも直希の薬指に入れ、二人は列席者に向けて披露した。

 披露と同時に歓声が起こる。明日香の小芝居のおかげで、張りつめていた緊張感がなくなり、皆が笑顔で二人を祝福する。


「では……これから私の問いに答えてください」


 西村がマイクを手に、穏やかに言った。





「新郎直希さん。あなたはこれまでも家族の為、そして社会の為に日々頑張ってこられました。そして今日からは、隣にいる新婦つぐみさんと共に、これからの人生を歩む決意をされました。

 あなたの歩む道は険しく困難で、決して楽なものではありません。ですがあなたは歩みを止めない。そのことは私共もよく知っております。

 だからこそ、これからはつぐみさんと共に、何があっても手を取り合って、人生を歩んでもらいたい。これは……私たち全員の願いです。

 直希さん。あなたはこれからつぐみさんを愛し、守り抜くことを誓いますか」


「誓います」


「そして……どんな困難にも挫けず、共に幸せになることを誓いますか」


「……はい、誓います」


「新婦つぐみさん。あなたはこれまでも、新郎直希さんを支えてきました。何があっても挫けることなく、彼のことを愛し、守ろうとしてきました。そしてあなたは今日、直希さんの妻となります。

 確かに今、あなたの望みは叶い、幸せな気持ちに満ちていることと思います。ですがこれからの道のりは、決して穏やかなものばかりではありません。それは直希さんのことを一番知っているあなたになら、よく分かると思います」


 西村の言葉につぐみが微笑む。


「つぐみさん、あなたは直希さんをどこまでも愛し、寄り添い、支え、そして時には道を示し、守っていかなくてはなりません。そのことを皆さんの前で誓いますか」


「誓います」


「そしてあなた自身も、誰にも負けないぐらい幸せになることを、誓いますか」


「え……」


 そう声を漏らして西村を見ると、西村が優しく微笑んでいた。


「……ありがとうございます、西村さん……はい、誓います」


 つぐみがうなずき、力強くそう答えた。


「では……誓いのキスを」


 西村の言葉に、再び会場内を静寂が包む。


 向き合うと、直希は照れくさそうに笑いながら、ジャケットのポケットに手を入れた。


「……ちょっと直希、何を」


「いいから」


 そう言ってポケットから取り出した物。それは白いハンカチだった。


「え……」




 つぐみの脳裏に、遠い日の思い出が蘇る。




「勿論、あの日のやつとは違うんだけどな。でも何ていうか……こうしてあげたい気分なんだ」


 そう言ってつぐみの頭にハンカチを乗せた。


「直希……」


 遠いあの日、浜辺で挙げた二人だけの結婚式。つぐみはベールの代わりにハンカチを頭に乗せた。

 それを直希は覚えていた。そして今、ここでもう一度再現しようとしている。

 つぐみの目に涙が光った。


「……バカ直希」


「ええ?それ、酷くないか」


「でも……ありがとう。嬉しいわ」


 そう言って静かに目を閉じた。

 その仕草に見惚れながら、直希が肩に手をやる。

 言いようのない緊張感の中、つぐみに顔を近づける。


「あ……あれ……?」


 顔を傾けることを忘れていたと気付き、慌ててもう一度距離を取る。


「ふふっ……」


「つぐみ?」


「直希。幸せになりましょうね」


「つぐみ……ああ、必ず幸せにするよ」


「あなたのことは、私が幸せにするわ」


 そう言って再び瞼を閉じると、直希は静かに唇を重ねた。

 列席者から拍手が起こる。みぞれとしずくは真っ赤になって、


「キスだー」

「直希とつぐみん、キスしたー」


 そう言ってはしゃぐ。


「おめでとうございます。これにてお二人は、皆様の前で正式なご夫婦となられました。皆様、本日は本当にありがとうございました。ご夫婦となられたお二人に、どうか祝福の拍手をお願いします」


 西村の締めの言葉に、列席者は立ち上がって二人に拍手を送った。

 そして椅子に備え付けられていた花びらを持つと、退場していく二人に向けて投げていく。

 フラワーシャワーの中、直希とつぐみは照れくさそうに笑顔を向けながら、ゆっくりとバージンロードを歩いていった。



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