第194話 謎の人脈


「それで、そろそろ話を進めたいんだけど。まだ決まってないこととかあるのかしら」


 つぐみがそう言って真顔に戻ると、明日香が意地悪そうに笑った。


「特にないよ」


「ええっ?じゃあ今日の集まりは何なのよ」


「だってだって、式の段取りは基本、西村さんに丸投げしてるんだし。本職に任せてるんだから、あたしたちが準備することなんて別にないでしょ」


「それはそうなんだけど、じゃあどうして」


「つぐみん、明日は実家に戻るんでしょ?独身最後の夜、東海林先生と二人きりで」


「……そうだけど」


「流石にそれは邪魔出来ない。先生もきっと、つぐみんと話したいこと、いっぱいあるだろうし。だから今夜にしようって、アオちゃんやなのっちと話してたの」


「……」


「あたしたちの新しい関係に乾杯、そんなところかな」


 明日香の笑顔に、つぐみが恥ずかしそうにうつむいた。

 そしてしばらくして真顔になると、三人に向かって言った。


「みんな……今回のこと、本当にありがとう。それからごめんなさい」


「え?え?なんですかつぐみさん」


「つぐみさん、その……どうして謝るんですか」


「だってそれは……菜乃花だってあおいだって、それに明日香さんも……直希のことが好きだった。それなのに私だけ、こんな幸せでいいのかなって思って」


「……顔上げなよ、つぐみん」


「……」


「あたしたちがダーリンのことを好きだったってこと、それは事実だ。現にあたしたちはみんな、ダーリンの為に戦ってきた。

 でもね、あたしたちみんな、別にいがみ合ってた訳じゃない。嫌いだった訳でもない。たまたま同じ男を好きになってしまった、それだけなんだ。最終的につぐみんがダーリンを射止めた……そりゃね、あたしだって悔しいよ。でもこればっかりは、どうしようもないことじゃん。それに決めたのはダーリン。あたしは大好きなダーリンが決めたこと、尊重してるよ」


「ですです。それに姉様も言ってましたです。直希さんはケーキじゃない、みんなで分け合うことは出来ないんだって」


「私も、その……完全に気持ちの整理がついたかと言われると困りますが、それでも今は、辛い気持ちより嬉しい気持ちの方が大きいです」


「みんな……」


「だからつぐみん、幸せになんなよ。あたしたちの誰よりもね」


 明日香の笑顔に、つぐみが涙を浮かべてうなずいた。


「と言う訳で、はいこれ」


 明日香が微笑み、つぐみにタスキの様な物を渡した。


「……何かしら、これ」


 涙を拭いながらつぐみが受け取る。


「披露宴の時、これを付けて欲しいんだ。どのタイミングでもいいからさ」


「明日香さん……ありがとう」


 つぐみが笑顔でそれを開く。


「……」


 開いた物。それは紛れもなくタスキだった。


「……明日香さん、これは何かしら」


「だからね、あたしからのプレゼント。喜んでくれると嬉しいんだけど」


「……って、つける訳ないでしょ!」


 そう言って明日香にげんこつを食らわせる。


「あいたたたたっ……つぐみーん、何すんのよー」


「どうしたんですかつぐみさん、落ち着いてくださいです」


「折角いい雰囲気だったのに」


 つぐみが手にする物。それは「私が勝者よ」と書かれたタスキだった。それを見たあおいと菜乃花は、しばらく固まった後で吹き出した。


「明日香さん、これって……あはははっ、おかしいです」


「笑い事じゃないわよ。大体何よ、勝者って」


「だって本当のことじゃん。ダーリン争奪戦で勝ったのはつぐみんなんだから」


「勝った負けたの問題じゃないでしょ、こういうのは。全く……少しでも感動した私が馬鹿みたいじゃない」


「やっぱ駄目?あはははははっ、ごめん、ごめんってつぐみん」


「明日香さん、やっぱり面白いです」


「ふふっ、私も、その……ごめんなさいつぐみさん、笑っちゃいけないんですけど、でも……ふふっ」


「もうっ、何よ二人まで」


「あはははははっ」





「それにしても西村さんって、やっぱ謎の人だよね」


「そうね。西村さんが仕事人間だったって話は聞いていたけど、まさかウエディング・プランナーだったなんて」


「ある意味、あの式場の伝説だったらしいからね」


「西村さん、言ってましたです。あの式場でわしの作った記録は、誰にも塗り替えられてないって」


「ドレスまで用意してもらって……こんな短期間なのに、式場の人にお世話になっちゃって」


「しかもそこで式を挙げないんだからね、笑っちゃうよ」


「でもでも、あおい荘で結婚式、私はすごくいいと思いますです。それに楽しみです」


「私も、その……もし結婚出来るとしたら、あおい荘で挙げたいです」


「兼太っちとかな」


「ええっ?もう明日香さん、からかわないでください」


 菜乃花が真っ赤になってうつむくと、つぐみもあおいも笑った。


「何もかも西村さんに任せてしまって、本当に悪いわね」


「不安なのもあるんじゃない?」


「それは……いえ、そんなことはないわよ。だって打ち合わせをしている時の西村さん、いつものスケベさんじゃなかったし」


「ほんとに?でもちょっとは」


「確かに本音を言えば、ちょっとだけ不安なところもあるけど……でも大丈夫、私は西村さんを信じてるから」


「つぐみさん。ケーキ、楽しみにしておいてくださいね」


「ええ、勿論よ。菜乃花が作ってくれるウエディングケーキ、今から本当に楽しみなんだから」


「みなさん本当にすごいと思いますです。明日香さんだって、スーパーでお酒の手配をしてくれましたし、菜乃花さんはウエディングケーキ。小山さんだってつぐみさんの髪やメイクを手伝われますし、生田さんも当日カメラマン……あまり協力出来ない私は、少しもどかしいです」


「何言ってるのよ。あおいだって当日、ピアノの演奏をしてくれるじゃない」


「そうですよあおいさん。あんな立派なグランドピアノで演奏だなんて、すごいと思います」


「ありがとうございますです。でも、うまく演奏出来るかどうか」


「あなたなら大丈夫よ、あおい」


 あおいの手を握り、つぐみが微笑む。


「私はあおいの演奏、楽しみにしてるんだから」


「つぐみさん……はいです、頑張りますです」


「それにしても、当日に式場から運び込まれるグランドピアノ。本当、西村さんの影響力には驚かされるわね」


「西村さんの後輩が、式場の社長さんだからね。その人、西村さんには本当にお世話になった、西村さんの為なら今でも死ねるって言ってるらしいよ」


「本当、謎の人です」


「そうね、ふふっ」


「それはそうとさあ、つぐみん」


「何かしら」


「さっきの話に戻りたいんだけどさ、その胸、どれくらいダーリンに触られたの」


「なっ……明日香さん、だからそれは」


「いいじゃんいいじゃん、日頃は出来ない際どい話、それこそが女子会のいいとこでしょ」


「……明日香さん、いつもそんな話ばっかりしてたのかしら」


「そりゃもう、ここでも言えないようなどぎつい話、みんなしてたわよ。つぐみんはそういう経験ないのかな」


「私は……親しい友達もいなかったから」


「あ、それ……私もです」


「そう言えば私も、そういう話をしてくださる方はいなかったです」


「アオちゃんの場合はお嬢様学校だったから、仕方ないかもね。それじゃあ折角の機会だ、お姉さんが女子会の何たるかを教えてあげようじゃないの」


「……明日香さんが興味あるだけでしょ、それって」


「それでそれで?まずはダーリンとのキスから。いつやったの?やっぱ告白の時?」


「ちょっと明日香さん……勘弁してよ」


「なーに言ってるんだか。見てみなさいよアオちゃんたちの眼差しを。争奪戦を勝ち抜いた者として、これには答える義務があるんだからね」


「ですです、私も是非聞きたいです」


「あ、その……つぐみさんが嫌じゃなかったら、私も……興味あります」


「ほらね」


「何がほらねよ、もうっ」


「それでそれで?どっちから迫ったの?」





 つぐみの部屋で四人、尽きることなく続く話に花を咲かせながら、その日遅くまで女子会は続いたのだった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る