第22章 私たちのあおい荘

第193話 一番近い遠回り


「いよいよあさってかー。あっという間だったよね」


 明日香がそう言って大きく伸びをする。その言葉に、つぐみが照れくさそうにうつむいた。






 つぐみの部屋に集まったあおい、菜乃花、明日香。

 あさってに迫った結婚式の最終打ち合わせ、そういう名目で明日香が号令をかけたのだった。


「でも本当、早かったですね、その……お付き合いが決まってからは」


「だよねー。全くあんたたちってば、付き合うのに30年もかけた癖に、いざ付き合うってなったら速攻で結婚決めたんだもんねー」


「……勘弁して頂戴、明日香さん」


「だってだってー、付き合い始めたのって二週間前なんでしょー。ほら、ダーリンがアオちゃんを振った日」


「ちょっと、そんなことわざわざ言わなくても」


「いえいえつぐみさん、もう気にしてませんので大丈夫です。それに私も……今言うのも変な話なのですが、直希さんとつぐみさんがこうなったこと、本当に嬉しいんです。心のどこかで私は、こうなることを望んでいたようにも思えるんです」


「あおい……」


「ですからその……本当におめでとうございますです、つぐみさん」


 笑顔を向けるあおいに、つぐみは涙ぐみ視線をそらした。


「何よ何よつぐみん、もう花嫁モードな訳?」


「……うるさいなあ、もうっ」


「あはははははっ……でも、そうだね。アオちゃんじゃないけど、実はあたしもそういうところ、あったんだよね。あんたたちがこうなることを願ってたっていうか」


「あの、私も……です」


「まあ、あたしにとっては何の問題もない訳だし。だってあたしの目標は、ダーリンの愛人になることなんだから」


「堂々と何言ってるのよ、嫁を前にして」


 そう言って頭を小突き、つぐみが笑った。


「でも本当……今まで色んなことがあったわね。直希ともだけど、その……みんなともね」


「つぐみさん」


「本当に楽しい毎日だった。ずっと続けばいいって思ってた」


「でも駄目だった。つぐみんのことだから、きっとそんな風に考えてるんでしょ」


「……多少はね」


「だからあんたはまだまだ子供なのよ。いい?いつまでも変わらないものなんて、この世界にはないの。何もかも、いつかは変わっていく」


「ですですつぐみさん。だから世界は美しいんです」


 明日香の言葉にあおいが笑みを浮かべる。


「よく変わっていくか悪く変わっていくか。それは誰にも分からない。だからあたしたちは日々を真剣に生きていく。そうでしょ?」


「……そう言われればそうなんだけど」


「ダーリンを取り合って、あたしたちが火花を散らして戦った。それも勿論楽しかった。でもね、ダーリンとつぐみんが結婚したからと言って、あたしたちの関係が終わってしまう訳じゃない。だってあたしたちは、このあおい荘で繋がってるんだから。そしてダーリンとも繋がってる」


 あおいも菜乃花もうなずく。


「だからつぐみん。感傷にひたるのもいいけど、そんな暇ないかもよ。だってこれから、前よりきっと賑やかで楽しい毎日になるんだから」


 明日香の笑顔に、つぐみが照れくさそうに微笑んだ。


「まあしかし、それでも……なんだけどさ」


「え、え?ちょ、ちょっと明日香さん、何を」


「……その正妻の余裕、みたいな笑顔だけはちょっと腹立つんだけどね」


 そう言ってつぐみの背後に回り、胸に手をやった。


「あ、明日香さん何を」


「……この胸をダーリンに……ああ、考えたらほんと、腹立ってきたわ」


「な、何言って……やめ、やめなさいってば」


「ほうほう、つぐみんあんた……しばらく触ってない内に、いい感じになってるじゃない」


「やめ……やめて」


「つぐみさんつぐみさん、それは本当なんですか」


 明日香に胸を揉まれるつぐみに向かい、あおいと菜乃花が興味津々な顔を向ける。


「つぐみさんの胸、直希さんに触られましたですか」


「つぐみさん、その……ふしだらです」


「ちが、違うのよあおい、菜乃花、私はそんなこと」


「では直希さんが、勝手に触りましたですか」


「つぐみさん……不潔です……」


「ああもうっ!明日香さんもあなたたちも、いい加減にしなさい!」


 耳まで赤くしたつぐみが、明日香に渾身のげんこつを食らわした。


「全く……あおいや菜乃花はピュアなんですからね。からかっちゃ駄目でしょ」


「あいたたたたっ……つぐみん、今のは効いたよ」


「当然です。それにその……例え親しい友人であっても、言えないこともあるんです」


 頬を染めてつぶやくつぐみに、あおいも菜乃花も顔を見合わせて笑った。そして二人共、そのままつぐみを抱き締めた。


「つぐみさん。直希さんのこと、よろしくお願いしますですよ」


「あおい……」


「直希さんは今まで、本当に辛い日々を送ってきましたです。その直希さんがやっと、自分の幸せの為に未来を見ようとしてますです。つぐみさん、これからも直希さんのこと、支えてあげてほしいです」


「勿論、つぐみさんにも幸せになってもらいたいです」


「菜乃花……ありがとう」


「あんたたちってば本当、必要ないってぐらい遠回りしてきたんだからさ。ちょっとぐらい幸せになっても罰は当たらないよ」


「明日香さん……」


「一番近い遠回り」


「あおい?」


「姉様の言葉です。私たちは幸せになる為に、日々努力しなければいけない。でも、焦ってはいけない。時には遠回りと分かっていても、目の前にある近道から逸れることも必要だ。実はその遠回りこそが、幸せに繋がっている一番の近道なこともある。そう言われてましたです」


「……本当、あおいの話を聞いていると、しおりさんの器に寒気がするわね」


「でもでも、私にとってはつぐみさんも、姉様と同じぐらいすごい人なんです」


「あの、私も……です」


「あおい、菜乃花……あ、その、それは……いいからそろそろ離れてもらえるかしら」


「あははははははっ、本当つぐみんってば、褒められることに耐性ないよね。耳真っ赤だし」


「もうっ、いいでしょ別に」


 そう言って口をとがらせると笑いが起こった。そしてそんな三人を見て、つぐみも笑った。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る