第180話 突然の
コーヒーを一口飲み、須藤が苦笑した。
「お兄ちゃん?」
「ああいや、ごめん。何て言ったらいいのかな、つぐみちゃんも直希くんも、すっかり立派になって……自分も頑張らないとって思ったんだ」
「お兄ちゃんも頑張ってるじゃない。泣き言も多いけど」
そう言って微笑むつぐみを見て、須藤は小さく息を吐いた。
「今日誘ったのは、つぐみちゃんに伝えたいことがあったからなんだ」
「私に?何かしら」
「いきなりなんだけど、驚かないで聞いてほしい。僕にとってはその……こっちに戻ってからずっと考えていたことで、決して勢いとかじゃないんだけど」
「何よ、妙に口ごもっちゃって。別に何を言われたって驚かないわよ」
「つぐみちゃん、俺と一緒にドイツに行かない?」
「え……?」
意外な言葉に、つぐみがそう声を漏らした。
「と言っても、もしそうなるにしてもつぐみちゃん、パスポート持ってないよね。手続きとか色々あるだろうし、実際には夏頃になると思うけど」
「待って待ってお兄ちゃん。驚かないって言ったけど、流石にそんな話とは……どういうことなの」
「つぐみちゃんと再会して、つぐみちゃんが本当に医者になってて驚いた。そして栄太郎さんの件があって……その後もこうして話をしていく中で、つぐみちゃんには物凄い可能性があるって思ったんだ。つぐみちゃん、君はきっと素晴らしい医者になれる。僕なんかよりもっと高みに行ける、そう確信したんだ」
「そんなこと」
「僕は日本が誇る名医なんだろ?自分ではそんなこと思ってないけど、勝手に名前だけが独り歩きしてる。でもいいさ、今だけは使わせてもらう。
その名医が保証する。つぐみちゃん、君には無限の可能性がある」
「お兄ちゃん……」
「つぐみちゃんが今よりもっと経験を積んでいけば、きっとそうなる。環境がつぐみちゃんを成長させる。僕は……気を悪くしないで欲しいんだけど、こんな小さな街で君を埋もれさせるのが勿体ないと思ってる。君にはもっと大きな世界で活躍してほしいんだ」
「私を評価してくれるのは嬉しいんだけど、でも……いきなりすぎて」
「だから答えは今すぐでなくていい。つぐみちゃんにとっても、人生の大きな大きな転機になることなんだ。おじさんとも話し合って、しっかり考えて欲しい」
「……」
「そして、その……」
そう言うと須藤はうつむき、肩を小さく震わせた。
「……出来たらその……ドイツに来る時には、須藤つぐみになってくれたらって」
「え……お兄ちゃん?」
「僕はその……ほら、つぐみちゃんの家にいた時に言っただろ。大きくなったら僕と結婚しないかって。あれはまあ、年下の女の子によくする冗談みたいなものだし、僕もそのつもりだった。でもね、つぐみちゃんのこと、魅力的な女の子だと思ってた。
再会して、立派になったつぐみちゃんを見て……ああ、あの時から僕はつぐみちゃんのこと、好きだったんだなって思った」
「な、な、な、何を……」
つぐみが顔を真っ赤にして、慌ててスプーンを持つとコーヒーをかき回した。
「つぐみちゃんは優しくて誠実で、そして……とても魅力的な女性だと思う。医者としての志も高く、尊敬できる人だ。こんな人がいつも傍にいてくれたら、きっと僕は幸せなんだろうなって思った。だからその……つぐみちゃん、僕のこと、考えてもらえないかな」
突然のプロポーズ。
つぐみは混乱した様子で、何度も何度もコーヒーをかき回した。
お兄ちゃんが、お兄ちゃんが私のことをそんな風に……思考がまとまらず、何を言えばいいのか分からなくなってしまった。
「つぐみちゃん」
須藤の声に顔を上げると、耳まで赤くした須藤が、今にも泣き出しそうな顔で自分を見ていた。
「……ちょっと待ってね、お兄ちゃん」
そう言っておしぼりを持つと、須藤の額に向けた。
「……汗かきすぎ」
「め……面目ない」
おしぼりで須藤の汗を拭いていくと、気持ちが静まっていくのが分かった。
目の前にいるこの人は、自分のことを好きだと言ってくれた。どれだけ勇気がいったことだろう。それはこの汗と、泣きそうになっている表情を見れば分かる。
私はその勇気を受け止めなければいけない。お兄ちゃんのことが好きだからこそ、しっかりと向き合わなければいけない、そう思った。
「正直驚いたわ。だってその……お兄ちゃんが私のこと、そんな風に見てたなんて、思ってもなかったから。それに医者としても評価してくれて……
でも嬉しい。ありがとう、お兄ちゃん」
「いや、僕の方こそごめん。いきなりこんな話をしちゃって」
「しばらく……時間、もらえるかしら。勢いとかじゃなく、真剣に考えてみたいの。お兄ちゃんが真剣に言ってくれたんだから、私もちゃんと向き合わないとね。
それにほら、ドイツに行くことも、私にしたら大問題だし、それに」
「直希くんのことかい?」
「ええ。今の私は東海林医院の看護師だけど、あおい荘のスタッフでもあるから」
「ああいや、そうじゃなくてね」
須藤が頭を掻きながら言葉を濁した。
「お兄ちゃんが帰るのって、一週間後よね」
「うん」
「それまでには返事、ちゃんとするから」
「いやいや、そんなに慌てなくてもいいよ。これはつぐみちゃんにとっても、一大決心がいることだし」
「時間をかけるからいいって物でもないでしょ。それに……告白していつ答えが出るか分からないの、辛いと思うし」
「お見通しなんだね、つぐみちゃんには……ははっ、実はそうなんだ。告白するのには時間がかかったけど、いざ言ってしまったら、早く答えが欲しくなっちゃって。これってある意味、判決を待ってる被告人みたいな感覚だから」
そう言って笑う須藤を見て、つぐみも微笑んだ。
「だから私も、ちゃんと期限をきって考えるわ。勿論、真剣にね」
「ありがとう、つぐみちゃん」
「私の方こそ、ありがとう、お兄ちゃん」
そう言って笑ったつぐみに、須藤は再び照れくさそうにうつむいた。
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