第175話 宴


「来た来た」


 正門前にタクシーが止まると、兼太が嬉しそうに声を上げた。

 その声に、皆が安堵の笑みを浮かべる。そしてそれぞれの思いを胸に、正門前へと歩いて行く。


 扉が開き、まず文江が外に出て皆に頭を下げた。山下や小山が「おかえりなさい」と嬉しそうに声をかける。

 直希は料金を支払って助手席から出ると、皆に一礼した後でトランクにある荷物を取りに後ろに回った。

 だが一向に、栄太郎が車から出て来ない。


「栄太郎さん……なんで出て来ないんですかね」


 兼太のつぶやきに、明日香が陽気に言葉を返した。


「栄太郎さん、柄にもなく照れてるんじゃないの?」


「嘘……あの栄太郎さんが、照れてる?」


 庭先でざわつくスタッフや入居者たちに、直希が苦笑した。


「じいちゃん、溜めはそのぐらいでいいよ」


 その言葉にいざなわれるように、栄太郎が勢いよく姿を現した。




「メリー・クリスマース!」




「え」

「あ」


 栄太郎はサンタクロースの格好をしていた。

 その姿に、一瞬固まった入居者たちだったが、やがて肩を揺らして笑い出した。


「サンタさんです!つぐみさん、サンタさんが来ましたです!」


「……あおいには受けたみたいね、よかったわ」


 周囲の反応に微妙な顔をした栄太郎だったが、あおいの言葉に気をよくしたのか、背負っていた袋を下ろすと、中の物を手に取った。


「ええっと、これは小山さんだな。メリー・クリスマス!」


「あらあら、うふふふっ。この年でサンタさんからプレゼントだなんて、長生きはする物ね」


「小山さん、色々迷惑かけたね」


「うふふふっ。おかえりなさい、栄太郎さん。お元気になられたみたいでよかったわ。これからもよろしくね」


「ああ、ありがとう。そしてこれは……節子さんだな」


「私にもあるんかね。退院したばかりだと言うのに、気を使わせてしまったね」


「いやいや、節子さんには特に特にお礼を言わないとな。何と言ってもあんたが来てから、ここは前よりずっと楽しい場所になったんだ」


「照れくさいこと、言わないでほしいもんさね」


「それにこれは、あおい荘からのプレゼントなんだ。あんたももう、あおい荘の一員なんだからな。そして……生田さんにはこれだな。デジカメだそうだ」


「デジカメですか……いや、これは嬉しい。こんないい物を貰ってしまったら、また旅にでも行きたくなりますね。ありがとう。それから新藤さん、お疲れ様でしたね」


「あんたには一番、世話になったな。何よりわしがいない間、あおい荘を守ってくれたこと、本当に感謝してる。この礼は近い内に」


「いやいや、気にしないでくれませんか。私とあんたの仲だ、そういうのはやめておきましょう」


「新藤さん、お疲れ様でした。あまり無茶せずに、ゆっくり休養してくださいね」


「ははっ、山下さん、ありがとうございます。ほいこれ、メリー・クリスマス!これからもどうか、よろしくお願いしますよ。そしてこれは西村さんに」


「おおっ、わしも貰えるんか。ほっほっほ、何を貰えたんか、楽しみじゃて」


「直希。結局西村さんには何をあげたの?」


「え?ああ、俺に任せてくれたんだからな、恨みっこなしだぞ」


「それってまさか」


「うほほほほほっ!これは禁書ではないか」


 西村が封を開けると、中にはグラビア写真集が数冊入っていた。


「西村さんの好きなタレント、調べるの大変だったんですよ」


「ちょっと直希、確か私、駄目って言ったわよね」


「俺に任せたのはつぐみだろ?それにまあいいじゃないか。あんなに喜んでくれてるんだし」


「全くもう」


「ほれ。ばあさんにはこれだ」


「私にもですか?」


「勿論だ。ばあさんには、残りの人生を全部使っても返せない借りが出来たからな」


「借りだなんて、水臭いですね。でも、ありがとうございます」


「東海林さんのは、後で来てから渡すとして……次はわしらをいつも見守ってくれてる、スタッフのみんなにだ!」


 そう言って栄太郎が、スタッフたちにもプレゼントを配る。

 あおいもつぐみも、そして菜乃花も嬉しそうに受け取りながら、「おかえりなさい」と笑顔を見せた。


「ほい、みぞれちゃんにしずくちゃん。それに明日香ちゃんも」


「わーい、ありがとー」

「ありがとー」


「え?え?あたしにも?」


「勿論だ。明日香ちゃんもあおい荘の、大切な仲間なんだからな」


 その言葉に、明日香の目に涙が光った。そして照れくさそうに受け取ると、そのまま栄太郎を抱き締めた。


「おかえりなさい、栄太郎さん」


「ああ、ただいま」


 庭先で突如始まったプレゼント会。皆の笑顔に、直希も嬉しそうに笑った。


「兼太くんにはこれだな」


「えええええええっ?俺にもですか?」


「ああ、今日来てくれることは聞いてたからな。生田さんの意見を参考に、直希に買ってきてもらったんだ」


「なんだか悪いですね、俺まで……でも、ありがとうございます。それからその、退院おめでとうございます」


「そして最後は……ほれ、直希」


「ええ?俺にもあるのかよ」


「何を言ってるんだかな、この唐変木は。ここでお前にだけ何もないなんて、つぐみちゃんたちが許すと思ってるのか?」


 そう言ってにやりと笑うと、つぐみたちもうなずいた。

 栄太郎から渡されたのは封筒。受け取ると、直希は感慨深げに微笑んだ。


「ちなみにこれは、スタッフと入居者、全員の意見を参考に選んだものらしい」


「なんだか、ははっ……照れるな。でもみなさん、ありがとうございます」


 封筒を開けると、中には二泊三日の旅行券が入っていた。


「これって」


「お前に一番必要なのは休暇なんだと。それがみんなの一致した意見だった。年が明けてからでもいい、一度ゆっくりしてくるといいさ」


「じいちゃん、みんな……ありがとうございます」


「お前が希望するなら、何なら誰かと一緒に行ってもいいんだぞ」


「え?」


「一人旅もよし、誰かと逢瀬おうせを楽しむもよし。お前が決めるといいさ」


「じいちゃん、なんでそんなことを今」


 そう言って振り返ると、あおいたちの熱い視線が突き刺さった。


「あ、いや、それは……ははっ、じいちゃんばあちゃん、よかったら一緒に行かない?」


「あーっ、ダーリンってば逃げてるー」


「いやいや明日香さん、逃げるとかじゃなくて」


「ちなみにわしは行かないがな。病み上がりのわしにそんな無茶、言わんでくれよ」


 そう言って咳き込む真似をすると、入居者たちから笑いが起こった。


「いやいやじいちゃん、それはずるいって」





 その日の夜は、あおい荘で大宴会が催された。

 栄太郎は子供も飲めるノンアルコールのシャンパンを何本も空け、終始ご機嫌だった。


 そして直希たちから、改めて退院祝いとしてプレゼントが渡されると、嬉しさの余りシャツを脱いで上半身を出した。

 そして腹にマジックで顔を書くとテーブルの上に乗り、陽気に躍り出した。

 文江が顔を真っ赤にして、「おじいさん、お願いですからやめてください」と止めたが聞かず、「うたげと言えばこれだろ!わしと言えばこれだろ!」と嬉しそうに踊るのだった。


 宴会は遅くまで続き、今夜だけは消灯時間のない食堂に、いつまでも笑い声が消えることはなかった。





「……ほんとよかったね、ダーリン」


 盛り上がっている最中、声をかけられた直希が、明日香と共に庭の喫煙所で話をしていた。

 外はひんやりとしていたが、中の熱気のせいか気持ちよかった。


「それで明日香さん、話って」


「うん、それね……あたしもね、色々考えていたんだけど、このタイミングが一番いいかなって思ったから……さ」


「タイミング?」


 頬を紅潮させ、言葉を詰まらせながら話す明日香に、直希が首をかしげる。


「う、うん……あのさ、ダーリン。あたしね、その……ダーリンからクリスマスプレゼント、欲しいなって思って」


「クリスマスプレゼント……勿論いいですよ。明日香さんにも本当、お世話になってますし」


「ありがと、ダーリン」


「それで?何か欲しい物、あるんですか」


 直希の問いに明日香はうつむき、肩を揺らした。

 そして小さく息を吐くと、直希を見て言った。




「あたしと……結婚してくれない?」



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