第170話 同盟者の言葉
「しっかしまあ……やっちゃったね、なのっち」
「……」
その頃、菜乃花の部屋には明日香が来ていた。
小山は遠慮して、山下の部屋を訪れていた。
部屋の隅で、腫れた顔をクッションに埋めている菜乃花を見て、明日香は苦笑した。
「あたしのことはいい。だってあたしがダーリンを好きだってことは、周知の事実だから」
「……ごめんなさい」
「だからいいってば。まあ確かにいきなりだったから、ちょっと驚いちゃったし、照れくさかったけど」
「ごめんなさい、本当に……」
「だーかーらー、それはいいって言ってるでしょ」
「でも、それでも……ごめんなさい明日香さん。私、なんであんなこと言っちゃったんだろう」
「まあ、あん時のなのっち、前も後ろも分からないぐらいテンパってたからね。お姉さんはそんなこと、思春期にはありがちなことだと受け入れてあげるよ」
「私……なんでこうなんだろう……前につぐみさんと喧嘩した時だって、思ってもない言葉がどんどん出てきて……つぐみさんを傷つけて」
「でもまあ、今回に比べたら大したことないけどね」
「……ですよね」
「あの場にいた全員が知ってた。つぐみんがダーリンを好きだってこと。でも、それを口にすることはなかった。だってそれを言っちゃったら、絶対元には戻れない。だからみんな黙ってた。それくらい、今のあおい荘の居心地がよかったんだと思う。壊したくなかったんだと思う」
「そう……ですよね」
「でもそれを、一番言ってはいけないタイミングで、しかもダーリンを目の前にして言っちゃった。あはははははっ、大したもんだよ」
「笑い事じゃ……ないですよ」
「笑うしかないじゃん、こんなの。それにね、なのっち。物事ってのは、一度起こってしまったら、もうどうすることも出来ないんだよ。今回なのっちがやっちゃったことで、もう二度と以前のあおい荘には戻らない」
「戻れないん……ですか」
「絶対にね。だから人は、行動を起こす時に考える。悩むんだ。人生ってね、やり直すことが出来ないから面白いんだよ。そりゃ、辛いことの方が多いよ。後悔する時の方が多い。でも後戻りすることは出来ない。これはある意味、人生というゲームに参加する上での絶対ルールなんだ。誰にも等しく課せられた物。絶対に元には戻れない」
「……」
「なのっちは後悔してる?」
「してます、勿論……勢いとはいえ、つぐみさんが大切にしてきた想いを、あんな形で言ってしまって」
「まあ、さっきも言った通り、みんな分かってたからね、さほど影響はないと思う。つぐみん以外はね」
「私……どうしたらいいんだろう。それにさっきだって、本当は謝りたくて仕方なかったのに、つぐみさんに詰め寄られてしまって、また酷いことを」
「つぐみんのお兄ちゃんのことね、ははっ。売り言葉に買い言葉とはいえ、なのっちも中々痛い所を突いたもんだ」
「私もう、ここにいれない……」
そう言ってクッションに顔を埋める菜乃花。その菜乃花に近寄ると、明日香は頭を軽く小突いた。
「……明日香さん?」
「なのっち。さっきからあたしが言ってること、ちゃんと聞いてた?この世界はね、リセットなんて出来ないの。後戻りしたくても無理なんだ。そうやっていつまでも悔やんでも、何も変わらない。そんな暇があるんだったら、これからどうするかを考えなさい」
「でも……そうなんですけど……」
「あたしもね、亮平が死んだ時、今のなのっちみたいにずっと落ち込んでた。亮平が事故に会う前に戻りたい、神様、お願いですから時間を巻き戻してくださいって、そう願ってた。でも当然だけど、何も変わることはなかった。目を開けるとそこはいつもの部屋で、亮平はいない。あるのは骨だけだった。
そしてね、散々泣いた後で思ったんだ。どれだけ悔やんでも、時間は元に戻らない。だったらあたしは、いつまでも事故を悔やむんじゃなくて、これからのことを考えないといけないって。あたしにはみぞれやしずくもいる。あたしがこんなんだったら、あの子たちの未来まで変わってしまう。そう思ったら、少しだけやる気が出て来た。亮平の時間はあの時止まってしまった。でもあたしは生きている。こうしている間にも、亮平が望んでも手に入れられなかった大切な時間が無駄に過ぎている。なんて勿体ないことをしているんだろうってね。
過ぎてしまったことを後悔しても、どうにもならない。だったらいつか、この後悔があったから今がある、そう笑えるようにしたいって思った」
「明日香さんは……強いから」
「そう?なのっちだって強いと思うよ。だってあのつぐみん相手に、あれだけ啖呵切れるんだから」
「言わないでくださいよ、もおっ……」
「あはははははっ、ごめんごめん。つぐみんにはまた、落ち着いてから謝ればいいよ」
「でも……許してもらえるかどうか」
「そりゃあ、なのっち次第だね。簡単には許してくれないかもしれない。でもね、なのっちが仲直りしたい、悪いことをしたと思うんなら、誠意を示すしかないと思うよ」
「それでも許してもらえなかったら」
「だーかーらー、まだ来てもない未来のことで、そんなにくよくよしないの。そんな暇があるんだったら、その前にみんなの前で発表したこと、まずそっちをクリアするべきでしょ」
「それってまさか、直希さんのことですか」
「それ以外に何があるのよ。あたしたちを出し抜いて、ダーリンが絶対に答えを出さないといけない状況に追い込んだんだ。ちゃんと白黒つけてもらわないと、あたしたちだって困るんだから」
「困るん……ですか」
「そりゃそうでしょ。もしダーリンがなのっちの気持ちを受け入れるんだったら、あたしたちも今後のことを考えなくちゃいけない。断られたとしてもそれは同じ。なのっちが根性決めて、賽を投げたんだ。どんな目が出るのか、それは投げた者として、見届ける責任があるんだよ」
「明日香さんは、その……私のこと、怒ったりしないんですね」
「怒って欲しかった?そりゃまあ、せっかくアオちゃんが戻って来たのに、その空気をぶち壊したことはびっくりしたけど」
「……ですよね」
「でもね、それでもあたしは……いや、違うね、だからこそあたしは、なのっちのことを応援したいって思った。
あたしたちの中で一番年下で、ダーリンを射止めるには一番遠い所にいた。そんななのっちが、勢いとはいえ覚悟を決めて告白したんだ。周囲の空気に怯えて、気持ちを殺してきたなのっちが動いたんだ。正直言って、嬉しかった」
「明日香さん……」
「だからね、なのっち。骨は拾ってあげる。だから安心して、ダーリンに答え、聞いておいで」
「ありがとうございます、明日香さん……って、骨ってなんですか。それって私が振られるってことじゃないですか」
「あはははははっ、分かった?」
「もおっ、明日香さんったら……でも、ありがとうございます。私、頑張ってみます」
「まずはその腫れたほっぺた、治さないとね」
そう言って氷袋を渡して、明日香がにっこりと笑った。
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