第162話 反省会
「で?ここに来たということは、そういうことなのかしら」
部屋に入ってきたあおいを見て、しおりが露骨にがっかりとした表情を見せた。
「どうなのかしら、あおい」
ため息をつくしおりを前にして、あおいはうなだれて顔を上げられずにいた。
「申し訳ありませんです、姉様……折角姉様が、ここまでしてくださったのに」
「……あなたのこと、少しは大人になったと喜んでいたんですが……やはりまだまだ子供だったようですね」
そう言ってあおいの頭を撫でると、椅子に腰かけて煙草に火をつけた。
「新藤直希に拒絶されたの?」
「いえ……そんなことはないと思いますです。直希さんも私のこと、大好きだと言ってくれましたです」
「だったらどうして。好き合ってる男と女。誰もいない二人きりの部屋。ここまで出来上がった舞台で、どうして何も起こらないのかしら」
「……」
「まさかあなた、知らないとか言わないわよね」
「何がですか」
「だからその……あれよ、あれのことよ」
「あれ、と言いますと」
「ああもう、ややこしい妹だわね!好き合ってる男と女がすることよ!」
「?」
言葉を濁して赤面するしおりに、あおいが無垢な瞳を向ける。
その仕草は正直可愛いと思ったが、今はそれどころじゃない。ここは姉として、威厳を持って言わないといけない。そう思い、しおりは腕を組んであおいをみつめた。
「男と女がその……二人きりで、服を脱いですることです」
「服を脱いでって……えええええええええっ?姉様、何を言い出すのですか」
「あなたが知らないと思ったから言ってるんです!そんな汚物を見るような目で見られる覚えはありません!」
しおりが真っ赤になって叫ぶ。
「それで……どうなのかしら、実際のところは。男女の営みのこと、分かってるのかしら」
「と、当然です姉様。私はそこまで子供じゃありませんです」
「そ、そうなのね、よかった……でもあなたは、そこに至らなかった。理由、聞かせてもらえるかしら」
「私は……」
しおりにうながされて椅子に座ると、あおいはうつむきながら言葉を続けた。
「私は直希さんに今日、想いを伝えることが出来ましたです。でも、それは私の想いです。私はこの想いを伝える為に、どう伝えるか考え、気持ちも整理しましたです。伝える時も、一大決心をしましたです。でも……」
「でも、何かしら」
「直希さんからすれば、それは突然突きつけられた告白です」
「告白とはそういう物なんだけど」
「でも直希さんからすれば、いきなり想いを告げられて、今すぐ答えを出してくださいと言われても、困ると思うんです」
「……」
「私が決意するのにも、ものすごく時間がかかりましたです。直希さんにも、考える時間が必要だと思いましたです」
あおいの言葉に、しおりは呆れた表情をした。
「それに……直希さんのことを想ってる人を、私は他にも知ってますです。皆さん、直希さんのことが本当に大好きで、大切に思ってますです。それなのにご迷惑をかけた私が今日、地の利を生かして直希さんと結ばれる……それは違うと思いましたです」
「……全くこの子は」
煙草を揉み消したしおりが、あおいを抱き締めた。
「姉……様?」
「あなたは本当に純粋で、無垢な存在なのね……そんなあなただから、私は誰よりもあなたの幸せを願ってる。あなたの様な人が幸せになる世の中にしたい、そう思ってます」
「……ありがとうございますです。姉様にそう言って頂けると、私は本当に嬉しいです」
「でもね、あおい……あなたはミスを犯しました。ええそれはもう、致命的なまでのミスです」
「ミス、ですか?と言うか姉様、お顔が少し怖いです」
「あなたの志、それは本当に誇っていいと思います。誠実に生きていこうとするあなたは、誰よりも純粋で、気高い存在だと思います。でも……それはね、あおい。負けフラグを立てたと同義なのです」
「フラグ、ですか?前につぐみさんにも言われましたです。フラグって何なのですか?」
「分からないでしょう、あなたには。それを伝えようとは思いません。でもね、あおい。今日みたいなチャンスは二度とないかもしれない。悔いはありませんか?」
「正直、後悔はありますです。でも……これでよかったと思ってます。私は想いを伝えられました。そしてこれから、直希さんに認めてもらえるよう、頑張っていきたいと思ってますです」
そう言って笑ったあおいを見て、しおりはため息をつきながらうなずいた。
「じゃあ頑張りなさい、あおい」
「はいです」
「それであおい、今夜はこの部屋で私と一緒……そういうことでいいのですね」
「え、姉様?そ、そういうことなのですが、その……何でしょう、ここに戻って来て今、一番身の危険を感じてるのですが」
「何も怖がることはありませんよ。今夜はこの部屋で二人きり、邪魔は入って来ないというだけです」
「ね、姉様、目が怖いです」
「何を言ってるのかしら、この子猫ちゃんは。今からは私のターン、この半年お預けにされていたストレス、全て発散させてもらいますから!」
そう言ってあおいに襲い掛かる。勢いで床に倒れたあおいの胸にしおりが触れる。
「ひゃっ……ね、姉様、落ち着いてくださいで……ひゃんっ!」
「ああもう!なんて可愛い声を出すのかしら、この子猫ちゃんは!さああおい、新藤直希に触れられなかったあなたの全て、私が慰めてあげます!」
「姉様姉様、それは何か違うような」
「何も違わないし、怖がる必要もありません。大丈夫、ちゃんと一線だけは守ってあげます。あくまでも私はあなたの姉、その立場を守った上で妹に愛を注ぐだけです」
「ふ、普通の姉妹はその……こんなことはしないと思いますです」
「いいえ、これはどこの姉妹でもしていることです。さああおい、私に全て委ねるのです!」
しおりのキス攻撃が始まると、あおいは観念したように目を閉じてため息をついた。このモードに入ったしおりを止める術はない。そのことをあおい自身が一番よく分かっていた。
時折「ひゃんっ」と声を上げると、しおりを目を爛々と輝かせながら喜んだ。
長い長い夜の幕開けだった。
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