第159話 懺悔


「直希さん……」


「すごく勇気がいったと思う。なのに……ごめん、あおいちゃん。俺はあおいちゃんの気持ちに応えることが出来ない」


「……理由、聞いてもいいですか」


「……」


「直希さん、私は直希さんのことを想ってきましたです。この半年、私は直希さんをずっと見て来ました。直希さんのことを見て、直希さんのことをもっと知りたい、そう思ってきましたです。

 直希さん。私、勇気を出しました。これを口にすることで、何もかも失うのかもしれない、そう思いましたです。

 怖かったです。でも言いましたです。伝えましたです。ですから……お願いします、直希さん。私の告白を断る理由、教えてほしいです」


「あおいちゃんのせいじゃない。これは……俺の問題なんだ」


「聞かせてほしいです、直希さん。私、直希さんのことをもっと知りたいです」


「……」


「今日はなんでも言い合おう、そう言ってくれたのは直希さんです。どんなことでも私、受け止めてみせますです」


「……幻滅するよ、きっと。ひょっとしたらこの話を聞いて、あおいちゃんはあおい荘に戻らないと決めるかもしれない」


「聞きたいです。直希さんを好きになった私は、直希さんのことをもっと知らなければいけないのです。そうでないと私は、今の場所から前に進めなくなってしまいますです」


「……」


 直希が残ったビールを飲み干し、息を吐いた。


「……分かった。これはね、俺が犯した罪の告白になる」


「罪の告白、ですか」


「うん……」


「分かりましたです。では私は、神父様になってあげますです」


 あおいがそう言って笑顔を向けた。


「神父様?」


「はいです。自分の罪を神父様に告白すると、その罪が消えると言われていますです。私は直希さんの告白を聞いて、直希さんの罪を全部許しますです。これは懺悔です」


「……あおいちゃんって不思議な子だね。そんなこと言われたの初めてだよ。でも、そうだね……じゃあ俺の罪の告白、聞いてくれるかな」


「はいです。お願いしますです」


 あおいの微笑みに、直希も笑顔で答えた。





「私……新藤直希は、子供の頃からじいちゃんばあちゃんのことが大好きでした。勿論、父さん母さんのことも好きでした。でも俺は、真面目で厳しかった父さん母さんより、甘やかしてくれるじいちゃんばあちゃんの方が好きだった……そう思います」


「はいです」


「……あの日、じいちゃんばあちゃんの家に泊まりに行く日。父さんの工場でトラブルがあって、泊まりに行けなくなりました。楽しみにしていた俺は、泣いて父さんに訴えました。どうして行けないの、楽しみにしてたのにって」


「……はいです」


「子供だった俺は、父さん母さんが意地悪をしてるんじゃないか、そんな風に思ってしまいました。そして俺は……父さんに言いました。父さんなんか死んじゃえって」


「……」


「泣きながら布団に入った俺に、母さんが言いました。父さんに謝りなさい、あんなことを言うなんて、母さんも悲しいわよって。でも俺はその時、思ってました。いつも厳しくて意地悪をする父さん母さんなんか嫌いだ、二人が死んじゃえば、俺はずっと大好きなじいちゃんばあちゃんの所にいれる。そうだ、二人共死んじゃえばいいんだって」


「……」


「泣き止まずにいる俺に根負けして、その日俺だけが先にじいちゃんばあちゃんの家に泊まることになりました。本当に嬉しかった。でも……その晩、家が火事になって、父さん母さんは本当に死んでしまいました」


 直希の頬に涙が伝う。


「俺は父さん母さんのことを憎み、死ねばいいんだと思いました。そしてその結果、二人は本当に死んでしまいました。きっとこれは……俺の醜い願いを悪魔が叶えたんだ、そう思いました」


「……許しますです」


「あおいちゃん……なんだよそれ。今の俺の話、ちゃんと聞いてた?俺は親に対して、死んでしまえと呪いをかけたに等しいんだ。そして実際、その呪いは叶ってしまった。俺は……俺は両親をこの手で殺したのと同じなんだ」


「そうなのかもしれません。ですが……許しますです」


「そんな簡単なことじゃ」


 声を震わせながらあおいを見る。

 あおいは微笑んで直希を見つめていた。その微笑みに、直希の目から涙が溢れて来た。


「何だよ、何だよそれ……そんな簡単に許しちゃ駄目だろ……俺は父さん母さんを呪い殺したんだぞ……俺は親を殺した、何をしても償うことの出来ない大罪人なんだ」


「そうなのかもしれませんです」


「だったら!そんな俺のこと、許しちゃ駄目だろ!俺のこと、軽蔑しないと駄目だろ!」


「許しますです」


「どうして!」


「だって……直希さんは今、罪を悔い、懺悔してるんです。あなたの罪を洗い清める、それが私の役目なんです」


「あおいちゃん、君は」


 直希が涙を拭おうともせず、あおいを見る。そして驚いた。

 あおいは瞳を濡らしたまま、直希に微笑んでいた。


「私は……風見あおいはあなたの全てを許しますです。直希さん、あなたは大変な罪を犯しました。でも……許しますです」


「俺は……俺には幸せになる権利なんてないんだ。こんな大きな罪、償うことも出来ないんだ……こんな俺には、君の想いに応える資格なんてないんだ。だから俺はこれからも、一人で生きていく。この罪を背負いながら」


「大丈夫ですよ、直希さん。あなたが背負ってきた罪は、今ここで全て消してあげますです」


「ははっ……あおいちゃん、何を言って」


「いいんですよ、直希さん」


 あおいがそう言って、直希を優しく抱擁した。

 その温もりに、こらえていた涙が次々と流れ、直希はあおいの胸に顔を埋めて泣いた。


「父さん……母さん……ごめん、ごめんなさい……」


「直希さん……いいんです、もっと泣いてくださいです……今まで本当に辛かったですね、苦しかったですね……でも大丈夫、私が全て受け止めますです……直希さんの罪、全て消してあげますです」


 あおいの優しい囁きに、今は亡き母、静香に抱きしめられているような気持になった。

 直希はあおいに抱きしめられ、子供のように泣いた。



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