第158話 動揺


「あおい……ちゃん?」


 突然の告白に、直希はグラスを手にしたまま固まってしまった。


「直希さん……」


 あおいの声にゆっくり視線を移す。

 酒に酔ったせいなのか、恥ずかしさのあまりなのか。

 赤面する顔を近付け、あおいが直希を見つめる。

 少し乱れた浴衣から見える、ピンク色の柔肌。その妖艶な雰囲気に直希が慌てて目を伏せた。


「直希さん、私を見てほしいです。今はその……目をそらさないでほしいです」


「あ、いや、その……あおいちゃん、この雰囲気はまずいと言うか」


「私、勇気を出して告白しましたです。本当に怖かったです。この想いを口にすることで、直希さんとの関係が終わってしまうかもしれない……そんなことを思いながら、ずっと胸の奥にしまい込んでいましたです。でも……今日、直希さんは私の為に、私を取り戻す為にここまで来てくれました。姉様を説得してくださいました。

 一度決めたことを撤回するなんて、絶対になかった姉様が、直希さんのことを心から信頼して、私の我儘わがままを許してくださいましたです」


「あおいちゃん……」


「直希さんは私にとって、王子様でしたです。あの日、あおい荘の前で倒れていた私を助けてくれた時から……あの時、風見家を飛び出して、そして自分の力のなさに絶望していた私に、直希さんは居場所を与えてくださいました。ここにいていいんだよって、私に言ってくださいましたです……直希さん。あなたは私が欲しかったものを、全て与えてくださいましたです。

 あなたは私にとって、大恩ある方です。そんな方のことを好きになってはいけない、それは直希さんの好意を裏切ることになる……ずっとそう思ってきましたです。それに直希さんには、つぐみさんや菜乃花さん、明日香さんもいてますです。みなさん直希さんのことが大好きで、私よりもずっと長い時間、直希さんのことを想ってきましたです。そんな直希さんに、想いを寄せること自体間違ってる。不義理だと思ってましたです……ですが今日、風見家に戻され、心細い思いをしていた私の元に、またあなたは来てくれましたです……私、ずっと直希さんのことを考えてましたです。直希さんのことしか考えられなかったです。車で連れ去られた時も、父様に会う時も、姉様に会った時も……直希さん、あなたは私の王子様なんです。

 ずっとこの想い、言葉にするつもりはありませんでした。でも……もう無理なんです。私は……風見あおいは直希さん、あなたのことをずっと愛してましたです」


 熱い吐息がかかるほどの距離で、あおいがもう一度その言葉を口にした。

 直希は狼狽し、慌ててグラスに残ったビールを飲み干した。

 そんな直希に身を寄せるように近付くと、あおいが頬に手をやった。温かいぬくもりに直希は更に動揺した。


「直希さんは私のこと、どう思ってくれてますですか」


 混乱する直希は、言葉を返すことも出来なくなっていた。もう一度グラスにビールを注ぎ、口にする。


「あ、あおいちゃん、とにかくその……一旦落ち着こうか。お互い少し酔ってるみたいだし、それにこの状況はちょっと」


 自分で話しながら、あまりに情けない対応に嫌気がさした。冷静になって状況を把握し、最善の答えを見つける。いつも自分に言い聞かせていることだった。なのに今、直希は自分でも驚くほどに動揺し、思考がまとまらずにいた。

 小さく息を吐き、落ち着くんだと言い聞かせてあおいを見る。


「え……」


 あおいの頬に一筋の涙が伝っていた。


「あおい……ちゃん……」


 指が自然に動き、あおいの涙を拭う。

 人差し指に伝わる涙の感触。直希の胸に、熱い何かが沸き起こってきた。感情が高ぶるのが分かった。そして同時に、思考が冷静になっていくのを感じた。


 この子が今言った言葉、それは真実なんだ。

 この子は自分に好意を寄せてくれている。一人の女の子として。

 その想いをずっと隠し続けてきた。自分との関係を守る為に。

 つぐみも、菜乃花ちゃんだってそうだったはずだ。

 どれだけの勇気がいっただろう。

 なのに男である自分が、こんなことでいいのだろうか。

 告白された者として自分は今、正直に気持ちを伝えなければいけない。

 そう思った。




「……あおいちゃん」


「はい……」


「ありがとう、あおいちゃん。あおいちゃんにそう言って貰えて、本当に嬉しいよ」


 そう言って直希が笑った。その笑顔にあおいは見惚れ、頬を染めてうつむいた。


「俺はね、あおいちゃんが言ったように、つぐみや菜乃花ちゃんにも告白されたことがあるんだ」


「つぐみさんにも、ですか」


「あ……ひょっとして、知らなかった」


「はいです。菜乃花さんのことは聞きましたですが、つぐみさんのことは知りませんでしたです」


「……ごめん、あおいちゃん。今言ったことはなしで」


「ふふっ……分かりましたです。そうですね、つぐみさんに悪いです、今の言葉を覚えていると」


「そうしてください本当、すいません」


「ふふっ……何だか今の直希さん、とてもかわいいです。耳まで赤くなってます」


「からかわないで、からかわないで」


「はいです、もうからかいませんです」


「……それでね、その、告白の話に戻るんだけど……俺もあおいちゃんのこと、大好きだよ」


「直希さん……」


「でもね、それはつぐみや菜乃花ちゃんに対する気持ちと同じって言うか……あおいちゃんに対して、特別な感情を持ってるってことじゃないと思うんだ」


「……」


「あおいちゃんが勇気を持って言ってくれたんだ、俺も正直に告白するけど、確かにその……あおいちゃんのこと、一人の女の子として意識していたのは本当だ。あおいちゃんのことを考えてドキドキすることもあったし、意識しすぎていたこともあった。正直今だって、あおいちゃんと二人っきりでいる、そう考えただけでパニックになってる自分がいるんだ」


「そうなん、ですか……恥ずかしいですけど、でも嬉しいです」


「それにあおいちゃん、浴衣姿で……いつもと違う雰囲気で、何て言うかその……目のやり場にずっと困ってると言うか、恥ずかしい気持ちを抑えてるって言うか」


 赤面して話す直希の言葉に、あおいは慌てて浴衣を直した。


「あおいちゃんのことは、その……初めて出会った時から、正直すごく意識してたと思う。明るくて優しくて、どんなことにも挫けない強い気持ちを持っていて、いつも前を向いている。それにその……かわいいし、魅力的だと思っていた」


「ひゃん!」


 直希の言葉に、あおいが両手で顔を隠した。


「本当だよ。あおいちゃんはかわいいよ。それに誰よりも頑張り屋さんで、あおいちゃんのそばにいるだけで、俺も笑顔になれるんだ。優しい気持ちになれるんだ。だからその……あおいちゃんのことは、俺も大好きだ」


「恥ずかしいです、恥ずかしいです」


 あおいが耳まで赤くして、身をよじらせる。


「でもね……ごめん、俺はあおいちゃんの気持ちに応えることは出来ない」



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