第15章 波乱の幕開け

第123話 明日香vs節子


「まいどーっ!不知火でーっす!」


 いつもの様に、明日香の元気な声があおい荘に響き渡る。


「おかえりなさい、明日香さん。今日から仕事ですか」


 そう言って、玄関先に直希が現れた。


「ダーリン!ダーリーン!」


 穏やかに笑顔を向ける直希に向かい、明日香が突進していく。


「むぎゅーっ!」


「ちょ、ちょっと明日香さん、明日香さんってば。ははっ、今日はいつもよりお元気ですね」


「だってだってー。久しぶりにダーリンに会えたんだしー。それに最近はダーリン、いつも節子さんに取られちゃってるしー」


「ご実家の様子はどうでした?」


「うん。みんな変わらず元気だったよ。親父もね、みぞれとしずくが来たもんだからさ、そりゃもう、鼻の下伸ばしっぱなしで」


「目に浮かぶようで……でもよかったです」


「でもでも、その反動でさ、帰る時泣きながら二人の手を離さなくてね、そりゃもう大変だったんだから」


「ははっ、それも目に浮かびますね」


「ダーリンのことも聞いてたよ。直希くんは元気にしてるのかって」


「ありがたいですね。たった一度、会っただけなのに」


「なーに言ってるんだかー。今やダーリンは、冬馬家公認の旦那様候補なんだからねー」


「いやいや、それはちょっと違うような」


「母ちゃんも言ってたよ。なんで連れてきてないんだって」


「……外堀を埋められてるようで、なんだか怖いですね」


「節子さん節子さん、走ると危ないですよ」


「アオちゃん、久しぶりー」


「明日香さんでしたか。帰省、お疲れ様でしたです。みなさんお変わりなく」


「うん、みんな元気だったよ。ありがとう」


「それはそれは、よかったです」


「あ、そうだそうだ、アオちゃんのこともね、親父がやたら話してたんだよ」


「明日香さんのお父さんが私を、ですか?」


「うん。あの風見あおいさんという子も元気なのかってね」


「そうなんですか。一度お会いしただけの方に気にかけていただいて、私も嬉しいです。どうか機会がありましたら、よろしくお伝えくださいです」


 そう言って話が盛り上がる三人に割って入り、節子が強引に直希の腕を取った。


「あ……相変わらずだね節子さん。あたしからダーリンの腕を取るとは」


「……」


 直希の腕を取った節子が、「これは私の物だ」とばかりに明日香を威嚇する。


「パパー、ただいまー」

「ただいまー」


 西村と手をつないで入ってきたみぞれとしずくが、直希を見つけて元気よく走ってきた。


「おかえり、みぞれちゃんしずくちゃん」


「あー、クソババだー」

「クソババー、こんにちはー」


「こらこらみぞれちゃんしずくちゃん、クソババは駄目って言ったよね。そんな汚い言葉を使ってると、二人共おブスちゃんになっちゃうよ」


「はーい、節子―」

「節子―」


「ああいや、それもちょっと違うような」


「あははっ……ごめんね節子さん、いつも『さん』をつけろって言ってるんだけど」


「……いいさね、別に」


 そう言って、節子が笑顔で二人の頭を撫でる。


「でもでも、明日香さんと節子さんの出会いからすれば、こんな日が来るとは思いもしなかったです。お二人共本当に、仲良しさんになられましたです」


「ははっ、あの化学反応はすごかったからね」





「まいどー、不知火でーす!」


 節子が入居してきた次の日。配達に来た明日香の目に、直希にしがみついてこちらを睨んでいる、節子の姿が映った。


「明日香さん、こんにちは。いつもありがとうございます」


「ダーリンもお疲れ。それで……あたしの腕を独占してるその人は」


「いやいや、これは俺の腕だから。勝手に所有権を主張されても困りますから」


「あはははははっ。それで?この人は」


「うん。昨日からあおい荘に越してきた、大西節子さん。節子さん、この人は不知火明日香さん。近所のスーパーの人で、よくうちに配達に来てくれてる人なんです。仲良くしてあげてくださいね」


「配達に来てるって、ダーリンってば、照れなくてもいいんだって。ちゃんとあたしたちの関係、教えてあげないと」


「いやいや、関係って何ですか」


「そりゃあ勿論、あたしとダーリンの、オ・ト・コとオ・ン・ナの関係よ」


「ないからね、そんな関係ないからね。勘弁してくださいって明日香さん、そうやって会う人会う人に誤解を与えるのは」


「あはははははっ。まあ本音は置いといて……大西節子さんですね、不知火明日香です。あたしのことは明日香でいいですから、仲良くしてくださいね」


「ちなみに節子さんのことも、大西さんじゃなく節子さんでお願いしたいです」


「そうなの?まああたしは、そっちの方が好きなんだけどね。それじゃあ節子さん、今後ともよろしくね」


 そう言って、節子に握手を求めた。


「あ、でも明日香さん、ちょっとだけ気をつけてもらえると」


 直希の言葉が終わらない内に、節子が明日香の手をひっかこうとした。


「おっと……結構早かったな、今のは」


 咄嗟に手を引っ込めた明日香が、そう言って笑った。


「流石明日香さん。節子さんの攻撃が通用しないの、初めて見ましたよ」


「あははっ……なんて言うかさ、妙な殺気を感じたからね」


「……」


 攻撃をかわされた節子が、無言で明日香を睨みつける。


「なかなか……いい感じで威嚇してくるね、このばあさん……ダーリン何?こんな人、あおい荘に入れたんだ」


「まあ、色々ありまして。でも節子さん、今はまだ慣れてないから、とまどってるんだと思うんですよ」


「とまどってるって……あはははっ、ダーリンってば本当に面白いよね。この人今、明らかにあたしを敵認定したよ」


「そうですか?」


「うん。ちょっと見ててね……節子さん、もう一回最初からね。あたしは不知火明日香、よろしくね」


 そう言って、今度は身構えながら手を差し出す。その明日香に、節子が奇声をあげて向かっていった。


「おっと……」


 明日香が節子の攻撃を再びかわす。


「……身構えていたつもりなんだけど……今度はちょっと、やられちゃったかな」


 そう言って腕を見ると、節子の爪の跡で赤くなっていた。


「大丈夫ですか」


「大丈夫大丈夫。でもまあ、何て言うかさ……何が気に入らないのか知らないけどこのばあさん、あたしのことを排除する気満々だよね」


 そう言って明日香が口元を歪める。


「節子さん、何度も言ってますよね。ここでは暴力は厳禁です。ましてやお客さんに向かってそんなこと、しては駄目ですよ。そんなんだと本当に、誰も節子さんのことを好きになってくれませんよ」


 節子は直希の言葉など耳に入らない様子で、再び明日香に向かっていった。明日香が手で防御すると、その腕をつかんで明日香を押し倒した。


「何してるんですか節子さん、やめてくださいって」


「いや……ダーリン、ちょっとだけあたしに任せてよ、このばあさん」


 髪をつかんで引っ張ろうとする節子を凝視しながら、明日香がそう言って不敵に笑った。

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