第122話 物語は今日から始まる


 次の日の昼食が終わり、兼太は鞄を手に皆に挨拶をしていた。


「本当にお世話になりました。何て言ったらいいんだろう、とにかく無茶苦茶楽しい3日間でした!」


 元気いっぱいにそう言うと、入居者たちから笑い声が漏れた。


「兼太さん兼太さん、また是非遊びに来てくださいです」


「あおいさん、色々お世話になりました。昨日の肉まん大食いバトル、楽しかったです。今度は勝負になるように、もっと鍛えてきますんで」


「いえいえ、兼太さんもすごかったです。流石成長期の男の子さんでした」


「お父さんとお母さんにもよろしくね。それから……生田さんもここで、元気に過ごされてますって、言ってもらえるかしら」


「分かりましたつぐみさん。これからもじいちゃんのこと、よろしくお願いします」


「兼太くん。これ、今日のおやつなの。よかったら家で食べてもらえるかな」


 そう言って、菜乃花がラッピングされた箱を紙袋に入れて差し出す。


「菜乃花ちゃん……ありがとうございます!これ、宝物にします!」


「いやいや、食べなさいってば」


 つぐみの突っ込みに、菜乃花も笑った。


「菜乃花ちゃんには本当、迷惑ばっかりかけちゃいました。色々とすいませんでした」


「え……もう、いいって言ったでしょ、兼太くん」


「これはけじめですんで……すいませんでした!」


 そう言って勢いよく下げた兼太の頭に、優しい温もりが伝わった。


「菜乃花ちゃん……!」


 嬉々として頭を上げると、ニヤリと笑う節子の顔が目の前にあった。


「また、あなた……でしたか」


わらしも少しだけ、おのこの目になったかの」


 そう言って笑う節子に、兼太が複雑な笑みを浮かべた。


「また……来るといい。お前の顔を見てると、わしも元気になってくるからな」


「じいちゃん……短かったけど、やっとじいちゃんの家に泊まれて……俺、本当によかったよ。また来るから、元気でいてくれよね」


「ああ。待ってるよ。兼吾と仁美さんにも、よろしくな」


「うん!」


 そう言って辺りを見回す。スタッフに入居者、みんな笑っていた。


「ここは、本当にいい所ですね……俺、いつかこの街に住みたいって思っちゃいます」


「ほっほっほ。ここは小さな街じゃが、あったかいところなんでな。いつでも歓迎じゃよ」


「また西村さんは。いつもいつも、適当なことばっかり言って」


「山下さんは本当、厳しいのぉ」


「兼太くん、気をつけて帰るんだよ」


「兼太くん、お勉強の方も頑張ってね」


「直希さんのおじいさんとおばあさんも、色々とありがとうございました」


「兼太くん」


 小山が車椅子で前に進む。兼太は腰を下ろして視線を合わせた。


「孫と仲良くしてくれてありがとうね。菜乃花ったらね、昨日も部屋で、兼太くんの話ばっかりしてね」


「おばあちゃん、その話はいいってば」


「あらあら、ごめんなさいね、うふふふっ」


「菜乃花ちゃんのおばあさん。ご飯、おいしかったです。本当にお世話になりました」


「あらあら、うふふっ……菜乃花じゃなくてごめんなさいね」


「もおーっ、おばあちゃん、その話もいいってばー」


「うふふふっ」




 一昨日。

 夕食時、相変わらず不機嫌そうにしている菜乃花の気を惹こうと、あれこれ考えていた時のことだった。


「菜乃花ちゃん、今日の味噌汁おいしいね。また新技開発したのかな」


 直希の言葉に、菜乃花の表情が明るくなった。


「あ、はい!実はその、新しい合わせ味噌なんです」


「おいしいよ、本当に。何て言ったらいいのかな、冷えた体が芯まであったまるって言うか。それになんだろう、この懐かしい味は、って感じで」


「ありがとうございます!そう言っていただけて嬉しいです!」


 これだ!菜乃花の笑顔を見て、兼太が思った。


「このお米、すごく食が進みますね。何て言うんだろう、お米一粒一粒がきらきら輝いてて、口の中でも甘さがいっぱいに広がって……このお米を炊いた人って、絶対に優しい心を持った、素敵な人なんだろうな」


 そう言って口いっぱいに米を頬張る。


「ありがとう」


 その言葉に心の中でガッツポーズをし、兼太が菜乃花を見る。

 菜乃花はニコニコしながら兼太を見ていた。

 その笑顔に魅了され、「いえいえそんな、ありがとうだなんて」と言った兼太の目に、菜乃花がニコニコしながら、隣を指差しているのが見えた。


「……え?」


 指差す先には、笑顔で兼太を見ている小山がいた。


「ありがとうね、兼太くん。今日のお米、私が洗ったのよ、うふふふっ」


「え……あ、あはははははっ。そうでしたか、菜乃花ちゃんのおばあちゃんが。いえ本当、おいしいです、このお米」


 そう言って米を頬張る姿に、菜乃花も小山も笑顔を向けるのだった。




「それじゃあ失礼します!」


 そう言って頭を下げた兼太の肩に手をやり、直希が、


「門まで送るよ」


 そう言った。




「本当にお世話になりました。その……じいちゃんのこと、これからもよろしくお願いします」


「うん、生田さんのことは任せてください。兼太くんも、また是非遊びに来てね。何て言うのかな……ここしばらく、うちも色々あったんだけど、兼太くんが来てくれたおかげで、何だか前よりも賑やかで楽しい3日間になったよ。入居者さんたちも嬉しそうだったし、また来てくれるの、楽しみにしてるからね」


「はい!ありがとうございました!」


「勉強の方も、頑張ってね」


「はい!あの、それとその……直希さん」


「ん?何かな」


「俺、負けませんから」


「え?」


「菜乃花ちゃんの中には今、直希さんしかいません。でも俺、負けませんから。いつか必ず菜乃花ちゃんの心、振り向かせてみせます」


「……」


 この様子だと告白までしたみたいだな、そう直希は思った。

 そして、自分の想いをはっきりと伝えることの出来る兼太の、その勇気と行動力を羨ましく思った。


(これが若さってやつなのかな……)


「じゃあまた。ありがとうございました!」


「うん。また」


 遠ざかる兼太の背中をみつめながら、直希は笑顔でいつまでも手を振った。





「……」


 電車に乗った兼太が、辛抱たまらないといった様子で紙袋に手を入れた。


「……ん?」


 中に、おやつの箱とは別に、何かが入っていた。

 取り出すと、それは封筒だった。

 兼太が慌てて封を開け、中の便箋を手にする。


「……」




「兼太くん。あおい荘はいかがでしたか?あなたのおじいさんは今、こんな幸せいっぱいな場所で毎日過ごしています。

 私もここに来てから、毎日がキラキラと輝いていて、楽しくて幸せです。

 ここで働くようになって、私は自分の夢を見つけたような気持ちになってます。私は来年、兼太くんより一足先に高校を卒業しますが、介護の道に進もうと思ってます。介護の世界は本当に大変で、いつも壁にぶつかって、悩むことばかりです。でもそれを乗り越えられた時の喜びは、日常にあふれてるどんな楽しいことよりも嬉しくて、幸せな気持ちになれます。

 そんな道を教えてくれたあおい荘に、心から感謝してます。

 兼太くんはお医者さんになるのが夢なんですよね。だったらある意味、私が見ている世界と同じものを見ているのかもしれません。

 そんな同じ夢を見ている兼太くんとお友達になれて、本当に嬉しいです。

 昨日はその……兼太くんの気持ちに応えられなくて、本当にごめんなさい。でもよければ、これからも仲良くしてくれたら嬉しいです。

 私はいつも、大好きな直希さんのことばかり考えてました。でもこれからは、兼太くんのことも考えるようになるんだろうなって、そんな気がします。

 また遊びにきてくださいね。今度はもっと、いっぱいお話ししようね。

 菜乃花より、大切なお友達、兼太くんへ。


 追伸。電話番号とメールアドレス、書いておきます。よければ登録してくださいね」




 手紙を読み終えた兼太は、何度も何度も初めから読み返した。口元が緩み、電車の中でなければ大声で叫びたい衝動に襲われた。


 慌てて携帯に登録し、「兼太です!これからよろしくお願いします!」そうメッセージを送ると、すぐに返信が返ってきた。


「こちらこそよろしく。気を付けて帰ってね」


 そのメッセージに歓喜し、アプリに10点を加点すると、手を握り締めて「よしっ!」と笑った。

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