第121話 好きです


「本当に……昨日はごめんなさい」


「いいよ、もう……ほら、顔を上げて」


 花壇の前で頭を下げる兼太に、菜乃花がそう言って小さく笑った。


「私もね、ちょっと意地悪だなって思ってたんだ。あれが事故だってのは分かってる。勿論、確認もせずに入ってきたのは駄目だけど……でも兼太くん、あれから何度も謝って来たのに。

 なんでだろうな……兼太くんの慌てる顔を見てたらね、ちょっと意地悪してみたくなっちゃったんだ」


「意地悪って、そんな」


「ふふっ、ごめんなさい」


 そう言って微笑む菜乃花に、兼太の顔がまた赤くなった。

 そして今しかない、そういった思いが、兼太の中に強く沸き上がってきた。


「あ、あの……それでなんですけど、菜乃花ちゃ……菜乃花さん」


「……ちゃんでもいいよ、別に」


「え……」


「子供っぽく見えることは、自分でも分かってるから。それに兼太くん、初めて会った時からずっと、私を年下だと思ってたんでしょ?」


「そ、それは……はい、そうです」


「中学生のね」


「ああいや、だからそれは」


「ふふっ……いいってば。別にもう怒ってないよ」


 そう言って花に手をやり、優しく微笑む。


「私はずっとそうだったから……早く大人になりたい、子供っぽいって思われるのは嫌だ、そう思ってた……でもね、何でだろう。兼太くんから菜乃花ちゃんって言われるの、嫌じゃないんだ」


「菜乃花ちゃん……」


「だからね、それでいいよ、兼太くんは」


 そう言って微笑む菜乃花に、兼太は拳を握り締め、真剣な表情を向けた。


「菜乃花ちゃん、俺と……俺と付き合ってくれませんか」


「え……」


 突然の告白に、菜乃花が驚いた表情をした。


「俺……確かに菜乃花ちゃんのこと、ずっと年下だって思ってました。でも、だからって言うんじゃないんです。菜乃花ちゃんが年上でも関係ない。俺はあの時、初めて菜乃花ちゃんに会った時から、ずっと菜乃花ちゃんのことが……気になってました」


「兼太くん……」


「この3か月、ずっと菜乃花ちゃんに会えることを夢見てました。そしてやっと、その夢が叶って……再会してみたら菜乃花ちゃん、あの時よりももっと魅力的になっていて……あ、いや、外見がって意味じゃないですよ。何て言ったらいいのかな、内からにじみ出て来る魅力って言うか、その……ああ違う、外見も勿論ですよ。菜乃花ちゃんは俺にとって本当、天使みたいだったから……ああでも、外見だけで恋したって言うのも違うんです。菜乃花ちゃんの綺麗な目を見てたら、それだけで心の綺麗な人なんだって分かったって言うか」


 慌てふためきながら言葉をまくしたてる兼太に、思わず菜乃花が笑った。


「ふふっ……」


「菜乃花……ちゃん?」


「……ごめんなさい、折角勇気を出して告白してくれてるのに、笑っちゃって。

 兼太くん、あなた女の子に告白したの、初めてでしょ」


「あ……はい、そうです……分かりますよね」


「うん……でも、ありがとう。嬉しいな」


「菜乃花ちゃん……」


「私ね、これでも今まで、結構告白されてきたんだよ。みんないい人ばっかりで、どうして私なんかがって、思ってたの」


「そんなこと」


「でもね、今の兼太くんの、その精一杯想いを伝えようとしてくれた告白が、今までで一番嬉しかった」


「……」


 菜乃花の微笑みに、兼太の顔がまた赤くなった。


「だけど兼太くん。私のことを天使って。それ、後で思い出したら、すっごく恥ずかしくなると思うよ」


「え」


「兼太くん、天使に会ったことないくせに」


「あ、いや、それは……物の例えって言うか」


「ふふっ……それに私、天使なんかじゃないよ。ただの女の子で、そしていつも何かに怯えてるだけの、弱い存在」


「そんなことない」


「兼太くん?」


「菜乃花ちゃんはそういう風に見られること、あるかもしれない。初めて会った時の菜乃花ちゃんは、じいちゃんがあおい荘を出る日で、ずっと泣いていた。そんな菜乃花ちゃんを見てたら、儚くてもろくて、守ってあげたくなった。でも俺はあの時、菜乃花ちゃんの中にある強い意志を感じたんだ」


「……」


「確かに菜乃花ちゃんはかわいい。まさに女の子って感じだよ。でも俺は、そんな菜乃花ちゃんの中にある、強さに惹かれたんだ。菜乃花ちゃんは決して弱くなんかない。俺が好きになった菜乃花ちゃんは、誰にも負けない強さを持ってるんだ」


「……ありがとう、兼太くん」


 そう言って菜乃花は両手を伸ばし、空に向かって大きく深呼吸した。


「私ね、男の人って怖いものだと思ってたの。私より体も大きくて、声も大きい。ただ普通に笑ってるだけなのに、それが怖かったの。だから私ね、男の人と話すことが、本当に苦手だったんだ。直希さんに会うまで」


「直希さんに」


「うん。直希さんにここで初めて会った時、男の人の中にも、こんな人がいるんだって思ったの。優しくて、私に合わせて目線を下ろしてくれて、私が怖がらないように声の調子も合わせてくれる。一緒に働くようになってからも、いつも私のことを気にかけてくれて、私が迷ってる時にも、道を示してくれる。こんな人がいたんだ、心からそう思ったの。

 そして兼太くん。あなたで二人目ね、怖く思わなかったのは」


「……」


「あなたと昨日話してる時、思ったの。普段の私なら二人きりで話すなんてこと、絶対出来なかった。例え年下でもね。

 でもあの時、私はあなたを見て、怖さを感じなかった。心から安心して、自然な気持ちで話すことが出来たの。そんなあなたに告白されて、本当に嬉しい」


「菜乃花ちゃん」


「でもね、兼太くん。ごめんなさい、私はあなたの気持ちに応えることが出来ないの」


「……」


「私もね、恋をしてるんだ。ずっとずっと、心の中で育てて来た初恋。あの人のことを好きになってから、私は初めて、人を好きになる喜びを知ったの」


「……それって、直希さんのことですよね」


「え……」


「ここに来てから、ずっと菜乃花ちゃんだけを見て来ました。菜乃花ちゃん、直希さんと話す時、本当に嬉しそうにしてた。幸せそうにしてた。ひょっとしたら、そうなんじゃないかなって思ってたけど……違いますか」


「……うん……やっぱり分かっちゃうよね。私、色々と下手だから」


「直希さんにはその想い、伝えたんですか」


「うん……でもね、振られちゃったんだ」


「……」


「直希さんの心の中には、別の人が住んでいる。だから、それはもう見事に振られちゃったんだ」


「それでも菜乃花ちゃんは、まだその想いを」


「うん、そう……あんなにはっきり振られちゃったのに、みっともないよね……でも私はまだ、あの人のことが大好きなの」


「じゃあ……俺と同じだね」


「え?」


「菜乃花ちゃんは直希さんのことが好き。でも直希さんには、別に好きな人がいる。

 俺は菜乃花ちゃんが好き。でも菜乃花ちゃんの中には直希さんがいる」


「……」


「今の菜乃花ちゃんなら俺の気持ち、分かってもらえるんじゃないかな」


「兼太くん……ふふっ、確かにそうかもね」


「はい、そうです。今俺、菜乃花ちゃんに想いを告げました。こういう言い方をするのは恥ずかしいけど、俺もこの3か月、菜乃花ちゃんへの想いを育ててきました。そして今、想いを伝えることが出来た。

 菜乃花ちゃん、今の俺を見て、菜乃花ちゃんのことを諦められると思いますか」


「……」


「告白がゴールじゃない。今、俺の恋は始まったんです。今まではずっと、俺の中で育ててきました。でもこれからは、菜乃花ちゃんに想いを伝えた今からは、この想いは菜乃花ちゃんと二人で育てていきたい」


「兼太くん……」


「女々しいのは嫌です。でも俺は、全部包み隠さずあなたに伝えました。俺はあなたが振り向いてくれる日まで、この想いを大切に守っていきたい。そしてあなたに振り向いてもらえるよう、頑張っていきます」


「兼太くん……あなたも私と同じね。馬鹿だよ」


「はい!馬鹿です!」


「ふふっ、何よそれ……でも、ありがとう、兼太くん」


「じゃあ菜乃花ちゃん、まずはお友達からってことで、受けてくれませんか」


 そう言って、笑顔で手を差し出す。

 そのまばゆいばかりの笑顔に、菜乃花の胸が高鳴った。

 ゆっくりとその手に視線をやる。




 兼太の手は震えていた。




 勇気を振り絞って差し出された手。

 菜乃花は頬を染め、嬉しそうに小さくうなずくと、そっとその手を握った。


「うん……じゃあ私たち、お友達で」


「はい!菜乃花ちゃん、これからよろしくお願いします!」


 菜乃花のやわらかい、小さな温もりを感じながら、兼太も嬉しそうに笑った。

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