第117話 菜乃花ちゃんはお姉さん


「しっかし……中学生はないわよね」


 夕食の準備をする菜乃花に向かい、つぐみが言った。


「菜乃花はかわいいし、若く見えても仕方ないとは思うけど……にしても」


「つぐみさん、それって私が幼いってことですか」


「いえいえ、そういう意味じゃないからね」


「本当、失礼な人ですよ、兼太くんってば」


「あははっ……」


 怒ってる顔も可愛いな、そう思いながらつぐみが苦笑した。


「でもね、菜乃花。今はそう思うかもしれないけど、もうちょっとしたら、今度は逆のことを思うようになるのよ」


「逆って……どういうことですか?」


「実際の年齢より、若く見られたいって思うようになるってこと」


「……そういう物でしょうか」


「まあ、私の場合は昔から、実際より年上に見られてたからね。特にそう思うんだろうけど」


「つぐみさんは、その……しっかりされてるから」


「……ごめん菜乃花、それって何のフォローにもなってないから」


「ええっ?ご、ごめんなさい」


「別にいいんだけどね、もう慣れちゃったし。でも……それにしても中学生はないわ、やっぱり」


「そう思いますよね、つぐみさんも。全く……話をしててずっと、違和感があったんですよ。大体兼太くん、私より年下なんですよ?せめて同級生ぐらいだったら、私もこんなに怒らなかったのに」


「あはははっ……でもほら、もうすぐ兼太くんも来るんだから、いつまでもそんな顔しないの」


「……分かってますよ、そんなの……」


「二人共お疲れ様。いい匂いだね」


 節子の入浴を済ませた直希が、食堂に現れた。


「あ……直希さん、お疲れ様です」


「直希、お疲れ。節子さんも、さっぱりしてよかったですね」


 相変わらず直希にしがみついている節子が、つぐみの声掛けに小さくうなずいた。


「節子さんの検査の結果、何もなくてよかったですね」


「うん。本当にほっとしたよ。このままいい状態が続いてくれることを願ってるよ」


「それにしても……今日はまた、一段と直希さんにしがみついてますね」


「直希がね、検査結果にほっとしすぎて、涙ぐんじゃったのよ。それを見たものだから節子さん、また直希病が発症したみたいで」


「直希病って……つぐみ、変な病名つけるなよ」


「はいはい、ふふっ」


 つぐみの言った「直希病」に、節子も照れくさそうにうつむいた。


「みなさんに声掛け、終わりましたです」


「ありがとう、あおいちゃん。じゃあ夕食の準備といきますか」





 夕食の前、直希が兼太のことを説明した。今日から3日間、ここでよろしくお願いしますと兼太が頭を下げると、入居者たちも温かく手を叩いて迎えたのだった。


「あ、あの……菜乃花ちゃん、さっきはその……」


「誰を呼ばれてるんでしょうか、兼太くんは」


「あ、いや……な、菜乃花……さん……」


「何かご用ですか」


「いえ、その……さっきは本当、すいませんでした。俺、ずっと菜乃花ちゃんの」


「……」


「ああ、ごめんごめん。菜乃花さんのこと、中学生だって勝手に思い込んでて……でもその、勘違いしないでほしいんだ。俺がそう思ってたのは、菜乃花ちゃ……菜乃花さんがその、本当に妹みたいに思えたって言うか……ああ違う、可愛いって思ったというか」


「それはどうも、ありがとうございました。さ、みなさんも席に着かれてますよ。兼太くんも早く、生田さんの所に行かれたらどうですか」


「おい、つぐみ」


 テーブルについた直希が、つぐみに耳打ちする。


「あれ、本当に菜乃花ちゃんだよな」


「確かに……いつもの菜乃花とはまるで違うけど」


「菜乃花ちゃん、年下相手だと、結構お姉さんタイプなのかな」


「それもだけど、菜乃花って男の人のこと、苦手でしょ?それが例え年下でも、そんなに変わらない筈なのよ。なのに今の菜乃花、兼太くんと本当、普通に喋ってるし」


「そう言えばそうだな。菜乃花ちゃん言ってたもんな、男は怖いって」


「でしょ?」


「直希さん、つぐみさん」


「な、何かな菜乃花ちゃん」


「みなさん準備出来ましたし、そろそろ始めませんか。あおいさんも待ちきれなくて、そろそろフライングしそうですよ」


「あ、ああ、そうだね……それではみなさん、いただきます」


「いただきます」


 言い終わると同時に、あおいはスタートを待っていた競走馬のように、箸を持ち料理に向かっていった。


「ほら、兼太くんも。早くしないとお料理、冷めちゃいますよ」


「う、うん……」


 うなだれた様子で生田の元に戻ろうとした兼太の目に、直希の腕にしがみついている節子の姿が映った。


「この人は……」


「え?あ、ああ、この人は大西節子さんって言ってね、何て言うか、その……最近うちに入ってきたばかりの人なんだ。たまにね、こうやって俺から離れなくなってしまうことがあるんだけど、大丈夫、いい人だよ」


「……そうなんですか」


 そう言って節子を見た兼太の頭に、これだ!と閃きが浮かんだ。


「直希さん、俺がこの人の食事、見ますよ」


「え?ああいや、嬉しいんだけど、ちょっと無理じゃないかな」


「いえ俺、こう見えてもお年寄りの面倒見るのは好きなんです。大丈夫、まかせてもらえませんか?この人、介助がいるんですよね」


「いや、そういう訳では……」


「直希、まかせてみたら?」


「つぐみ、お前……またそんな無責任な」


「いいんじゃないかしら、本人がやりたいって言ってるんだし。まあ、動機は不純そうだけど」


 そう言って、小山の料理を説明しながら刻んでいる菜乃花を見つめ、小さく笑った。


「分かった。じゃあ兼太くん、頼んでもいいかな」


「まかせてください!」


 そう言った兼太が隣に座り、節子に向かい笑った。

 節子はその兼太をじっと見つめ、そしてうつむくと、小さく息を吐いた。


「え……あの、その」


「……わらしに用はないさね」


「ぷっ……」


 節子の返しに、つぐみが思わず吹き出した。


「え?え?」


わらしは人のことなんかより、自分のことをしっかり見てるといいさね」


「え?え?」


「あはははははっ」


 つぐみが声をあげて笑う。それにつられて直希も笑った。


「節子さん、今の返し最高!」


 そう言って親指を立てるつぐみに、節子もしてやったりといった笑顔を向けた。

 その様子に兼太は、「え?え?」と繰り返すばかりで、それが更につぐみのツボを刺激した。


「あはははははっ。こんなに面白いの、久しぶりね」


「はははっ……でも節子さん、ちょっとは加減してやってくださいよ。相手はまだ、高校2年生なんですから」


 そう言って直希も笑う。兼太は相変わらず「え?何ですか今の」と言って直希とつぐみを見る。

 その様子に菜乃花もおかしくなり、小山と一緒に笑うのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る