第87話 文化祭
「いつもすまないね、菜乃花くん」
「あ……生田さん、こんにちは」
花壇の手入れをしている菜乃花に、生田が声をかけてきた。
「……最近まで忙しかったようだが、仕事もしてくれて、時間をみつけてはこうして、花の手入れもしてくれている。おかげで今年も、綺麗な
「そんな……生田さんこそ、いつも声をかけて下さって嬉しいです」
「少し……見ていても構わないかね」
「あ、はい。勿論です」
雑草を抜き終えた菜乃花が、花壇に水をやる。その姿を見つめながら、生田が目を細めた。
「……文化祭、無事に終わったようだね」
「はい……色々ありましたけど、今までで一番楽しい文化祭だったと思います」
「クラスの中ではその……相変わらずなのかな」
「いえ……文化祭が終わってから、みんなが話しかけてくれるようになりました。直希さんとあおいさんのおかげです」
「特にあおいくんは、大活躍だったみたいだね」
「はい。本当に助かりました」
文化祭。
菜乃花に代わって実行委員になったのは、菜乃花に嫌がらせをしていた中心人物、吉澤玲奈だった。
吉澤は、自分が菜乃花よりも出来る所を見せつけようと、かなり強引に企画を通していった。教師や周りの者たちも、その暴走ぶりに助言をしたのだが、その度に「小山さんのせいで遅れちゃったから。これぐらいのペースでいかないと間に合わないんです」と言って聞かなかった。それはかつて自分を振った、菜乃花に告白した男子生徒へのアピールでもあった。
最終的に出し物として「焼きそば喫茶」となることが決定した。
吉澤は、二日間のイベントで多すぎないかと言われたが、自分の企画ならいけると、100食分の材料を発注したのだった。
しかし前日に届いた材料は、1000食分だった。発注の時、一桁打ち間違えてしまったのだ。
返品も叶わず、途方に暮れながら山積みの材料を見ている吉澤に、クラスメイトたちも「どうするんだよ、これ」と、不満をぶつけた。
その時菜乃花が、
「そんなこと言ってる場合じゃないと思う。みんなで何とかして文化祭、成功させようよ」
と、クラスメイトたちに言った。菜乃花はそのまま職員室に行くと、園芸部が校庭で行う予定の花の販売ブースに、焼きそばのブースを併設出来るよう交渉した。部長の川合美咲も同意してくれたおかげで、クラスの喫茶店と屋外、二つの販売スペースを確保した。
翌日、文化祭初日。
菜乃花はクラスメイトと共に、割引券のついたチラシを持って校内中を走り回った。初日の売り上げは、なんと400食にも上った。当初の目標の4倍もの売り上げを、たった一日で達成したのだった。
しかし最終日に、残り600食分を売らなければいけない。
帰宅後、少しでも協力してほしいと相談すると、直希は快く応じてくれた。
「そっか……大変なことになってるんだね」
「直希。久しぶりに本気、出す時じゃないかしら」
そう言って笑ったつぐみに、菜乃花が不思議そうに首をかしげた。
「この人ね、今でこそ少し多めぐらいの食事なんだけど、昔はすごかったのよ」
「そうなんですか」
「うん、まあ……昔はそれこそ、痩せの大食いってよく笑われたよ。おかげでうちのエンゲル係数、おかしなことになっててね。このままじゃ、食糧危機になった時に真っ先に餓死してしまう、普通の食事で生きていけるように調整しなさいって、つぐみから散々言われてたんだよ。それで大学に入ったぐらいから、つぐみ先生監修の元、少しずつ調整していってね。何とか普通の量でも生きていけるようになったんだ」
「明日はリミッター、外してもいいわよ」
「と言われてもなぁ……10年とまでは言わないけど、結構昔のことだしな。どれだけ協力出来るやら」
「何よ、菜乃花の為なのに。そんな弱気でどうするのよ」
「分かった分かった。それで菜乃花ちゃん、その焼きそば一人前って、どれぐらいの量なのかな」
「えーっと、海の家で食べた焼きそばの半分ぐらいです」
「なるほどね……それだったら、50食ぐらいはいけるかな。お昼抜いていったら」
「ええっ?そんなに食べれるんですか」
「多分、だけどね。後はつぐみと小山さん……そして何と言っても、うちには最終兵器がいてるだろ」
「夜のバイタル、終わりましたです」
「あおいちゃん、お疲れ」
そう言って、直希とつぐみが親指を立てて笑った。
最終日。
終了時刻の一時間前に到着した直希は、あおいと共に菜乃花の教室へと向かった。
つぐみと小山は午前中に来ていて、今はあおい荘で留守番を任せている。
「直希さん、あおいさん。ようこそいらっしゃいました」
エプロン姿の菜乃花が、ほっとした表情で二人を迎える。
「こんにちは、菜乃花ちゃん。エプロン、よく似合ってるよ」
「お、お久しぶりです、新藤さん、風見さん」
「川合さんも、こんにちは」
「菜乃花さん菜乃花さん、それで焼きそばなんですけど、後どれくらい残ってるんですか」
「は、はい、その……朝から頑張ったおかげで、昨日よりはお客さん、来てくれたんですが……ごめんなさい、あと200食ぐらい残ってて」
「え……200食?」
「はい……ごめんなさい。あ、でも直希さん、無理しなくても全然大丈夫ですので。ここまで頑張れただけでも、みんな満足してますから」
「いや、そう意味じゃなくてね……あおいちゃん、朝言ったの訂正するね。本気、出さなくていいから」
「そうなんですか」
「うん。多分あおいちゃん、いつもよりちょっとだけ頑張ったら、全然いける量だと思う」
「分かりましたです。では直希さんも、無理なさらぬように」
「あおいちゃんにはご褒美で、帰りにパフェをご馳走してあげよう」
「ほんとですか!では菜乃花さんの為にも私、ここの焼きそば、全部いただきますです!」
二人がテーブルにつくと、菜乃花の指示で残りの焼きそばが次々と調理され、テーブルへと運ばれてきた。
「おいしそうです直希さん。もう食べても構いませんですか」
「うん。じゃあ菜乃花ちゃんのクラスの焼きそば、いただくとしますか」
「はいです!いただきますです!」
「いただきます」
そう言って二人は手を合わせ、クラスメイトが見守る中、200食の焼きそばに箸を向けた。
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