第78話 告白


「俺も何が何やら、全く訳が分からなかった。いきなりみんながよそよそしくなって、明らかに俺を避けてた。と言うか、俺の存在を無視してた」


「それでその、原因は……」


「思い当たる節がなくて。そんな状態が半年ほど続いて……結構きつかったよ」


「直希さん、それでもその職場で、働き続けたんですか」


「うん。最初はきつかったけど、不思議なものでね、人間って色んなことに慣れていくものなんだ。気が付けば、それが俺にとっての日常になっていて、あんまり気にならないようになってたんだ」


「すごい……そんなこと、出来るんですね……」


「それにほら、俺たちの仕事は介護だから。利用者さんはいつも通りに接してくれてたし、そういう意味では助かったかな」


「半年も、そんな場所で……」


「その間に、さっき言った看護師さんも退職してね、いなくなってた。そんなある日、フロアー長に呼び出しを受けたんだ」


「フロアー長?」


「うん。俺はフロアーの副長だったから、言ってみれば直属の上司」


「その人も女の人、なんですよね」


「うん。その人は50代の人でね、いい人だったよ。そう言えば、その人だけは俺のこと、無視してなかったな」


「それで、どんな話だったんですか」


「喫茶店に呼ばれてね、言われたんだ。『単刀直入に聞くけど……新藤くん、あなたストーカーなの?』って」


「ストーカー?」


「ははっ。俺も聞いた時、そんな反応だったと思う。それで『なんの話ですか?』って聞いたら、こういうことだったんだ。

 あの日、俺に好きな人はいるかって聞いた次の日から、その看護師さん、俺に付きまとわれて困ってるって、みんなに言いふらしていたらしいんだ」


「そんな……なんでそんなこと」


「だから俺、フロアー長に言ったんだ。どこからそんな話になったのか分かりませんけど、悪いですが俺、ストーカーしてまで付き合いたい女なんかいませんから。と言うか、そういうことに興味ないですからって。そうしたらフロアー長、本当にほっとした顔をしてくれたんだ」


「いい人……ですね。直希さんの言ったこと、信用してくれたんですね」


「俺に聞くまでは、疑ってたみたいだけどね」


「でも……どうしてその看護師さん、そんなことを」


「告白しようとしたけど、その前に俺が、恋愛に全く興味ありませんって言い切ってしまった。そのことが腹立たしかったみたい」


「要するに、逆切れ……」


「そうなるかな。それで俺を貶めようとして、色んな噂を流してたみたいなんだ。だから次の日職場に行ったら、みんなから言われた。『よかったです新藤さん。私新藤さんのこと、ずっと変態だって思ってましたから』とか、笑いながらね」


「それで直希さんは、それから」


「普通に働いたよ。スタッフたちも、俺を無視した半年間をなかったことにしてた」


「でもそれって、酷くないですか」


「確かにね。俺に確認することもせず、一人の人間の言うことを鵜呑みにして、俺を半年間、犯罪者のように見ていた。なのにいざ誤解が解けたら、いつも通りに接してきた」


「どうして直希さん、そんな人たちのことを許したんですか」


「許すって言うのは違うかな。それだけの関係、そう思ったら怒る気持ちもなくなったって言うか」


「……強いんですね、直希さんは」


「深く考えてないだけだと思うけど」


「強いです……私がもし直希さんの立場だったら、すぐに辞めていたと思います」


「それは俺が、人の本質を善だと思ってないからかもしれないね」


「本質……」


「だから、説明して誤解を解こうとか、そんな風に考えることもなかった。でも菜乃花ちゃんは違う。菜乃花ちゃんは俺と違って、人の本質が善だと思ってる」


「……」


「菜乃花ちゃんは、みんなが賛同してくれるような企画を考えよう、そう思って頑張った。きっと分かってもらえる、そう信じていた。俺が菜乃花ちゃんの立場だったら、多分適当にしかやらなかったと思う」


「そんなこと」


「でもね、それが菜乃花ちゃんのいい所だと思ってる。俺みたいにひねくれた考えじゃなくて、人を信じて、人と共に生きようとしてる」


「それは直希さんだって」


「俺のは多分、偽善だと思う」


「そんな……それじゃあ、そんな直希さんのことを好きになった私は、どうしたらいいんですか」




「え……」


 菜乃花の言葉に、直希が思わず声を漏らした。


「あ……」


 菜乃花は両手で口を押え、顔を真っ赤にしてうつむいた。


「……」


 直希も動揺し、慌てて湯飲みを手に取ると、冷えたお茶を一気に飲み干した。


「直希……さん……」


「う、うん……」


 菜乃花は小さく息を吐くと顔を上げ、潤んだ瞳で直希をみつめた。


「……直希さんのことが、ずっと好きでした」


「……」


「……ここで初めて会った時から、直希さんのことが気になってました……直希さんは、今まで出会ったどんな人よりも誠実で、優しい人でした。

 私、男の人が怖くて、いつも避けてたんです。だから学校で男子に告白されても、いつも逃げてました。男の人って、私より力も強いし、声も大きくて、本当に怖かった。でも、直希さんはそんなことなくて……いつも私の目線に合わせてくれて、私が嫌なことや怖いことを察してくれて……そんな直希さんに、会うたびに胸が高鳴っていって……これは憧れなんかじゃない、これは恋なんだ、そう思いました。だから私、直希さんに少しでも振り向いてもらいたくて、頑張ってきました。

 おばあちゃんのことが大好きなのは本当です。でも私がここに来るのは、直希さんに会いたいからだったんです。おばあちゃんも、私の気持ちを分かってくれて、応援してくれたんです。

 でも、あおいさんとつぐみさんがここに住むことになって……私、この恋を諦めたくなかった……だからおばあちゃんにお願いして、ここに住むことにしたんです」


 そう言うと、菜乃花は力尽きたようにうなだれた。


「……」


 菜乃花の熱い想いは、直希の心を大きく揺さぶった。


「…………お茶、入れるね」


 直希はそう言って立ち上がり、台所へと向かった。

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