第71話 闇と戦うということ


「それから菜乃花、すごく頑張ってました。でも、いざ実行委員になったら、誰も彼女に協力しなかったんです。その癖、『今年の実行委員は使えないなぁ』って、わざと聞こえるように言ったりして……だから私、菜乃花に協力しようとしたんです。でも、彼女たちに呼び出されて、『菜乃花に協力するんだったら、あんたも覚悟しないとね』って脅されて……私、そう言われて何も出来なかったんです……自分も菜乃花みたいにされてしまう、そう思ったら怖くなって……私、菜乃花を見捨ててしまったんです……」


 そう言って、美咲が肩を震わせる。


「川合さん。今、川合さんは、いじめに加わらなくても、止めようとしなければ加担したのと同じ。そう思ってるよね、きっと」


 美咲にハンカチを差し出し、直希が言った。


「はい……結局私は、菜乃花を見捨てたんです。自分を守る為、そんな風に理由をつけて」


「最近の風潮で、よくそういう風に言うよね。でもね、それは少し違うと思う。誰だって、自分がいじめられたくないって思ってる。悪いことだと分かっていても、そのことに勇気をもって立ち向かうこと……勿論、それが出来ればいいのかもしれない。でもね、言葉で言うほど、その行為は簡単なことじゃない。君たちのことを馬鹿にする訳じゃないけど、君たちはまだ思春期の子供なんだ。その勇気が出なかったからと言って、そこまで自分を責めることはないと思う」


「新藤さん……」


「そうですよ美咲さん。誰だって、一人になるのは怖いと思いますです。それに美咲さんは、こうして菜乃花さんのことを心配して、ここまで来てくれましたです」


「……」


「その闇は、とんでもなく深くて濃い闇なんだ。その闇に一人で立ち向かえるほど、君も、それに俺たちだって強くない。だからそんなに自分を責めないでほしいな。

 それで、菜乃花ちゃんに対する嫌がらせはエスカレート、していったんだよね」


「はい……物を隠されたり、捨てられたりしてました。文化祭のことだって、誰も提案することもしないで……だから菜乃花、自分でたくさん企画を考えて、みんなに提案をしてたんですけど、みんな笑うばかりで……

 そして今日、委員会の後で菜乃花、園芸部に来たんです。その時、菜乃花の菜園が荒らされてて……花も野菜も引き抜かれて、踏み付けられてて……」


「ひどいな、それは……」


「呆然と立っている菜乃花の頭に、二階から水がかけられて」


「菜乃花ちゃん……そんな辛いこと、一人で抱え込んでたんだ……」


「あんまりだと思いました。例え菜乃花に落ち度があったとしても……と言うか、菜乃花に落ち度なんてありません。菜乃花は本当に頑張ってました。誰にも協力されない中で、たった一人で頑張って、何とか文化祭を成功させようとしてました。それなのに、菜乃花が大切に育てていた花や野菜まで踏みにじられて……あの時菜乃花の中にあった糸が、切れたんだと思いました」


「先生とかは今回のこと、知ってるのかな」


「はい。私、職員室に行きました。先生に言うことで、明日から私もいじめられるのかもしれない。でも私、もう我慢出来ませんでした。今更遅いのは分かってます。でもせめて、菜乃花の頑張りを誰かに分かってもらいたい、そして菜乃花のことをいじめて笑ってる女子たちに、報いを受けさせてあげたいと思ったんです」


「……」


「でも職員室に行ったら、菜乃花に水をかけた女子たちが、担任の先生の所に集まってました。小山さんは、実行委員になってから何もしていない。折角みんなが楽しみにしてるのに、あの子のせいで私たちみんな、最後の文化祭の思い出が作れなくなってしまう。いくら小山さんに言っても、黙って私の指示を待ってなさいの一点張りで、ついには怒るようになった。さっき菜園で、花や野菜を踏み付けて、みんな勝手なことばかり言って、ふざけるなって怒鳴ってた、って」


「ひどいです……話が全然逆になってますです」


「だから私、先生に言ったんです。この子たちが言ってるのは全部嘘です。菜乃花は実行委員、本当に頑張ってました。なのにこの子たちが協力せずに、菜乃花のことを追い詰めていったんだって。それに菜園だって、この子たちがやったんですって」


「……」


「そうしたら彼女たち、先生の前で嘘泣きしだして……私、その場で先生に怒られて、謝れって言われて……」


「ありがとう。菜乃花ちゃんのこと、守ろうとしてくれて。それだけでも菜乃花ちゃん、喜ぶと思うよ」


「でも……結局私、何も出来ませんでした。先生はあの子たちの言葉を信用して、もう一度クラス会を開いて、実行委員を選び直すことも考えてみようって言ってました」


「菜乃花ちゃん、新学期が始まってから、本当に大変だったんだな……それなのに俺は、仕事のことばかり考えて、菜乃花ちゃんに無責任なことを言って……結局俺は菜乃花ちゃんのこと、何一つ分かろうとしてなかったんだな……」


「そんなことないですよ、直希さん」


「あおいちゃん」


「直希さんはいつだって、菜乃花さんのことを考えてましたです。菜乃花さんが何を思ってるか、何を望んでるか、そのことをずっと考えてましたです。菜乃花さんも、そんな直希さんが励ましてくれたから、頑張ろうとしたんだと思いますです。いい結果にならなかったかもしれません。でも菜乃花さんは、直希さんのことを悪くなんて思ってませんです。直希さんがそんな風に考えたら、菜乃花さんがかわいそうです」


「……ありがとう、あおいちゃん」


「うふふふっ」


 料理をしながら話を聞いていた、文江や山下も笑ってうなずいた。


「直希ちゃん。あおいちゃんに叱られちゃったわね」


「山下さん」


「ナオちゃん。今回のこと、私たちにも責任があると思うの。おじいさんと喧嘩しちゃって、ナオちゃん、私たちのことでいっぱいいっぱいになってたでしょ。だからね、私たちに出来ることがあるなら、何でも言って頂戴」


「ありがとう、ばあちゃん」


「ナオちゃん」


 小山が傍に来て、直希の手に自分の手を重ねた。


「みなさんの言う通り。それに、あおいちゃんの言う通りよ。ナオちゃんが落ち込むようなこと、何もないの。それを言ったら、一緒に住んでるのに気づけなかった、私にこそ責任があるの」


「そんなこと」


「でもね、今はそんなこと、どうでもいいと思わない?それよりも、菜乃花に何をしてあげられるか、そのことを考えてくれた方が嬉しいわ」


「そう……ですね。はい、その通りです」


「孫のこと、よろしくお願いします」


「はい、任せてください」


「うふふふっ、頼んだわね」


「それに菜乃花ちゃんには、このあおい荘で一番の親友、つぐみがいてる。今頃菜乃花ちゃん、つぐみに励ましてもらって、きっと元気になってるさ」


 その時、菜乃花の部屋の扉が開き、つぐみが走ってきた。


「……つぐみ?」


 つぐみの目に涙が光っていた。それに気づいた直希が立ち上がり、つぐみの元へと走り、腕をつかんだ。


「いや、離して直希!」


「どうしたんだつぐみ、何があったんだ」


「私……私……」


「つぐみ……」


「うわあああああああっ!」


 つぐみが号泣し、直希の胸に顔を埋めた。


「大丈夫……大丈夫だぞ、つぐみ……」


「うわあああああああっ!」


 直希に抱きしめられたつぐみは、人目もはばからずに大声で泣いた。


「大丈夫だ……いつだって俺は、お前を守ってやるぞ」

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