第10章 光と闇のはざまで
第68話 それぞれの思い
深夜。
目が覚めたあおいが時計を見ると、3時を少しまわっていた。
布団に入ったのは11時過ぎだったが、中々寝付けなかった。何度も何度も寝返りをうち、その度に時計を見ていた。
最後に時計を見た時は1時をまわっていたので、まだ2時間ほどしか眠れていない。
あおいの脳裏には、あおい荘のスタッフや入居者一人一人の顔が浮かんでは消えていた。
「……」
起き上がりカーテンを開けると、雨が降っていた。夜のニュースでは、台風が近づいているとのことだった。
昼過ぎ、栄太郎と文江が記念写真を撮っていた時にはあんなに晴れていたのに、それからしばらくして、空一面を分厚い雲が支配していったのだった。
――まるで今のあおい荘の様だ。
そう思い、あおいは小さくため息をついた。
このあおい荘に来てから、毎日が本当に楽しい。家にいた時に感じられなかった、自らの足で歩き、自らの意思で生きている、そんな実感が確かにあった。
入居者もスタッフも、自分のことを本当に可愛がってくれる。
自分のことを温かく見守ってくれて、自分がここにいることを肯定してくれる。
自分を認めてくれる。
ここに来てから、本当に色んなことがあった。
自分の人生は家が全て決める。そんな現実から解放され、自分の意思で、ヘルパーになることを志した。
初めて会った時、入居者6人の顔と名前を覚えるだけでも大変だった。しかし毎日触れ合っていく中で、各々の個性を知り、それぞれの人生を知る出来事がたくさんあった。そしてその度に、距離が近づいていくことに喜びを感じた。
たくさんの出来事、たくさんの事件。その度に悩み、どうすれば解決出来るのか、自分は何が出来るのかを考えた。そして自分の思考の先にはいつも、直希の存在があった。
直希がいれば大丈夫。つぐみの口癖だった。いつも直希に厳しく当たるつぐみだが、彼女は誰よりも直希のことを信頼している。そして事実、これまでの騒動は直希がいたからこそ解決出来ていた。
新藤直希。
不思議な人だ。こんな人がいるなんて……いつもそう思っていた。そしていつの間にか自分も、つぐみの様に直希を信頼するようになり、直希がどんな行動を起こしてくれるのか、待ち望むようになっていた。
以前直希が言った言葉を思い出す。
「どんなことが起こっても、解決しないなんてことは絶対にないんだ。確かにその
その言葉に感激し、直希の強さに憧れた。自分もこうなりたい、そう心に強く思った。
そしてその言葉の通り、生田の事件や明日香の問題等、直希は最高の形で乗り越えて来た。それを間近で見れたことを、本当に嬉しく思った。
だから今回も大丈夫、きっと大丈夫だ……そう自分に言い聞かせた。
直希ならきっと、今回のことだって何とかしてくれる。
そう思い、「よしっ」と声をあげた。
喉の渇きを覚えたあおいは、扉を開けて食堂に向かった。
「え……」
食堂に灯りが見えた。まさかと思い中をうかがうと、そこに直希の姿があった。
「あれ?どうしたのあおいちゃん。眠れないの?」
「あ、いえその、ちょっと喉が渇きましたので」
「そうなんだ。冷蔵庫から好きな物、取っていいからね」
「はいです、ありがとうございますです……じゃなくて、直希さんこそ何してるんですか、こんな時間に」
「ああ、いや……今日はちょっと寝付けなくてね。何となく、部屋にいたくない気分だったんだ」
「駄目ですよ直希さん。ちゃんと休まないと、また倒れてしまいますです」
コップに麦茶を入れたあおいが、テーブルに向かう。
「直希さんもどうですか」
そう言って、直希の分の麦茶を差し出す。
「うん、ありがとう」
直希が微笑み、あおいに座るよう
雨の音が心地よく響く食堂で、頬杖をついたあおいが直希をみつめる。
「……顔に何かついてる?」
「はいです。優しい目がついてますです」
「……」
「その目に私は、いつも救われる思いがしてますです。私のことを大切に思ってくれて、守ってくれる優しい目です。そして……」
そう言って、人差し指で自分の唇に触れた。
「私をいつも励ましてくれる、優しい言葉をいっぱいくれる、かわいい口がついてますです」
「ははっ……あおいちゃん、嬉しいけど恥ずかしいな」
「本当のことですよ。直希さんはいつも、私やみなさんの為に、たくさんのことを考えてくれてますです。まるで自分の幸せ貯金を、全部私たちの為に使ってくれてるみたいです」
「幸せ貯金……ね……」
「私は、そんな直希さんのことが大好きです。直希さんは誰よりも優しくて、強くて……だから今回のことも、きっと大丈夫です」
「あおいちゃん……」
「菜乃花さん、どんな感じなのでしょうか」
「うん……夕飯、一応食べてくれたんだけど、でも……ほとんど残しちゃってたね」
「お風呂も……入ってませんでしたよね」
「うん……頭から水をかけられたみたいだから、あったまる為にも入って欲しかったんだけど、頑なに断られちゃって」
「今は……休まれてますでしょうか」
「どう……かな……部屋から一歩も出てないから、何とも言えないかな」
「前に、明日香さんが泊まってたお部屋ですよね」
「うん……しばらく一人にさせた方がいいと思ったからね」
「……菜乃花さん、学校で大変だったんですね」
「……それに気づけなかったことが悔しくて……それに、菜乃花ちゃんが頑張るきっかけを作ったのは俺だから、余計に色々考えちゃってね」
「そうしなかった方がよかったって、思いますですか」
「それは……」
「菜乃花さん、本当に頑張ってたと思いますです。結果として、それがこういう形になったのは残念です。でも、直希さんに励まされた菜乃花さんが、頑張ってみようと決意したんです。そのことを否定してしまったら、菜乃花さんがかわいそうだと思いますです」
「うん……そうだね……」
「それに直希さん、いつも私に言ってくれてましたですよ。反省と落ち込むのは違うって」
「……」
「菜乃花さんがこうなってしまった。それは事実です。私も哀しいです、泣きたくなりましたです。でも……私たちが考えなくてはいけないのは、これからどうするかってことだと思いますです」
「うん……」
「ごめんなさいです、半人前の私がこんなこと言ってしまって……でも、いつもの直希さんならきっと、そう言ってくれたと思いますです。私たちにそう言って、励ましてくれたはずです。私たちに希望をくれたはずです」
「そう、だね……何だろう、情けないな、俺って。いつも偉そうなことばっかり言ってるのに、肝心な時にこんな風になっちゃって」
「そんなことないです。直希さんは、例え立ち止まったとしても、次に会った時には前を向いて歩いてくれてますです。これまでもそうでしたし、これからもそれは変わらないと思いますです」
「ありがとう、あおいちゃん」
「つぐみさんはどうですか?あれから一度もお会いしてませんので」
「……今回のこと、つぐみもきつかったみたいだからね。とりあえず明日一日、休ませようと思ってるんだ」
「そう、ですか……菜乃花さんもそうですが、つぐみさんのことも心配です。そして私は……」
そう言って、あおいが直希の手を握った。
「……あおいちゃん?」
「私は直希さんのことも心配です。だから……私に出来る事があるなら、何でも言ってほしいです。私は……直希さんの為なら、何でも出来ますです」
「ありがとう、あおいちゃん」
そう言って直希が笑顔を見せると、あおいは手を引っ込め、頬を染めてうつむいた。
「そうだよね。楽しく賑やかで、笑顔いっぱいのあおい荘にしないとね」
「……はいです」
そう言って二人、顔を見合わせて笑った。
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