第63話 別居
「じいちゃん、いつまで落ち込んでるんだよ」
「いや……すまんな、直希」
消灯時間になったあおい荘。
直希の部屋に泊まることになった栄太郎は、直希と二人、テーブルを囲んでビールを飲んでいた。
「わしは……どうしたらいいんだろうな」
「いやいや、俺に聞かれても困るよ。と言うか、どうするかは決まってるだろ。明日もう一度、ばあちゃんに謝って」
「謝ってもなぁ……あの顔は多分、一晩ぐらいじゃ許してくれそうにない顔だったろ」
「流石、夫婦歴50年ならではの意見だよな。ばあちゃんの怒りのゲージ、じいちゃんには見えてるんだ」
「……あんなに怒ったばあさん、あれ以来だな」
「街をまるごと巻き込んだ、伝説の大喧嘩」
「はああっ……」
大きくため息をつくと、栄太郎はテーブルに顔を埋めた。
「まあでも、なんだかんだで50年連れ添った二人なんだ。確かに今は熱くなってるけど、大丈夫だって」
「でもな、あれだけ外面を気にするばあさんが……人前では完璧に猫をかぶってるばあさんが、このあおい荘であれだけぶち切れたんだぞ」
「まあ確かに……それは言えるかな。じいちゃんが踏んだ地雷の数だけ、ばあちゃんの仮面がはがれていったからね」
「直希お前……ちょっと楽しんでるだろ」
「うん、実は。ちょっとだけね」
「こいつ」
「ははっ。と言うか、久しぶりに元気なばあちゃんを見れて、嬉しかったかな。何だかんだでばあちゃん、俺と住むようになってから自分を抑えてたし」
「……」
「俺がじいちゃんばあちゃんの家に転がり込んで、二人の生活を変えてしまった。本当ならじいちゃんだって、もっと好き勝手にしたかったこと、あったと思う…………女遊びとかギャンブルとか」
「おいおい、間違ってもばあさんの前でそんなこと、言わんでくれよ」
「言わないよ。だって我慢させたのは、俺のせいなんだから」
「ガキが分かったようなこと、偉そうに言うもんじゃない」
「ガキって」
「そりゃな、わしだって本当は若い頃、もっともっと好き勝手にしたかったこともあるさ。でもな、お前だって知ってるだろ。わしが全部我慢してた、そんなことがないことぐらい。適当にガス抜きしてただろ」
「まあ、確かに……だからばあちゃんにばれた時、とんでもないことになっちゃって」
「それにな、何かといえばお前はすぐに、そうして自分が迷惑かけたと言い出す。でもな、お前がいてくれたからこそ、ばあさんもあんまり怒らないようになってくれたんだ」
「それはばあちゃんが、我慢してただけだろ」
「だからそれもだよ。適当にガス抜きしてただろ?何だかんだでばあさん、わしには結構あたりが強かったじゃないか」
「まあ、確かにそれは……」
「それにな、お前はわしらの孫なんだ。親が死んで独りぼっちになった孫に、手を差し伸べない家族なんているか?我慢や迷惑だなんて思う家族があるか?わしらはな、もう一回子育てが出来るって喜んでたんだぞ」
「じいちゃん……」
「そんなかわいい孫も、今じゃこのあおい荘の管理人だ。立派になってくれて、わしらも鼻が高いんだ」
「ありがとう、じいちゃん」
「後は……嫁を見つけて、わしらにひ孫を抱かせてくれたら最高だな」
「ひ孫ね……」
「夢中になれる女、まだ見つからんか」
「いや、それは……」
「このあおい荘にだって、今では綺麗どころが三人もいるじゃないか。つぐみちゃんでもあおいちゃんでも、なんなら菜乃花ちゃんでもいいんだぞ」
「いやいや、菜乃花ちゃんを入れるなよ。まだ学生だぞ」
「あれはいい嫁さんになるぞ。お前のことを大切にしてくれるだろうし、支えてくれる。何より飯がうまい」
「まあ、確かにそれは」
「それにああ見えて、かなりの頑固者と見た。芯も強い」
「じいちゃんもそう思う?」
「おうよ。たまに見せる真剣な目を見てるとな、そう思う」
「菜乃花ちゃん今、学校で色々と大変なんだ。俺がお節介なことを言ってしまったせいで、すごく頑張ってるんだ」
「いいことじゃないか。案外それで、あの子も一皮むけるかもしれんぞ」
「まあ……ね。だから本当なら、学校から帰ってきたらしっかりコミュニケーションをとって、サポートしてあげようと思ってたんだ。彼女、辛いことがあってもきっと言わないから、せめて励ましてあげられたらって思ってた」
「したらいいじゃないか」
「……誰かさんのせいで、今はそれどころじゃなくなってる」
「すまん……そうだったな」
「菜乃花ちゃんのことも心配だけど、今はじいちゃんばあちゃんが仲直りすることの方が大事なんだ。俺にとって、たった二人の家族なんだから」
「迷惑かけるな」
「家族なんだ。余計な気は使わないでよ」
「すまんな……それで話を戻すけど、菜乃花ちゃんはどうなんだ」
「食いつくなあ、じいちゃん。だから菜乃花ちゃんはね、まだ学生だし未成年。恋愛も大事だけど、今は将来のこととか、他にもいっぱい悩んでることがあるんだよ。それに菜乃花ちゃん、好きな人がいるみたいだし」
「そうなのか。菜乃花ちゃんにもそんな人、いたのか」
「内緒だからね。絶対言っちゃ駄目だからね」
「分かってる分かってる。乙女の純情、踏みにじるほど無粋じゃないさ」
「50年連れ添った相方の想いは、踏みにじってるけどね」
「それを言うなよ……」
「ははっ」
「つぐみちゃんはどうなんだ。なんだかんだ言いながら、保育園の頃からずっと一緒にいるだろ」
「まだ食いつくのかよ。どうしたんだよ今夜は」
「お前と二人っきりでこういう話、あんまりしたことなかったからな。たまにはいいじゃないか」
「つぐみこそ、そんなんじゃないことぐらい分かってるだろ」
「ガキの頃に駆け落ちまでしたやつが、何を言ってるんだか」
「確かにしたけど……つぐみとは、そんなんじゃないよ。それにあいつも、東海林医院の跡を継ぐために、必死になって勉強してるんだ。なのにあいつ……病院と勉強を両立させながら、ここでも働いてくれてる。あおいちゃんや菜乃花ちゃんに、介護の基礎を教えてもくれてる。そんなあいつを色眼鏡で見たら、それこそ失礼だよ」
「なんでだ。それと恋は別だろ」
「別じゃないんだよ。今のあいつに、これ以上負荷を掛けたくないんだよ。それに俺は……」
「……直希。お前は結局、ガキの頃のまんまだな」
「……」
「あおい荘が出来てから、お前は変わったと思ってた。昔みたいに、面の皮だけで笑うことが減ってきた。ここで毎日働いて、本当に楽しそうだと思ってた。思ってたが……どうやら違ってたようだ」
「いや、そんなこと」
「これでもわしはじいさんとして、そして親父としてお前を見て来たんだ。お前が何を考えてるか、何を思い何を感じてるのか、他のやつらよりは分かってるつもりだぞ」
「……」
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