第55話 小さな恋のメロディ


 しばらくして、東海林とつぐみは直希の家へと向かった。


「あの……ナオちゃん……」


 直希の部屋に、つぐみが恐る恐る入っていく。

 部屋では直希が、先ほどのつぐみの様に膝を抱え、顔を埋めていた。

 時折小さく肩が動く。どうやら家に帰ってからも、ずっと泣いていたようだった。


「ナオちゃん、その……さっきはごめんね」


「……」


「私ね、ナオちゃんがその……悪口を言ったって思ったの。べっぴんさんってどういうことか、分からなくて……それでね」


「……もういい」


「え……」


「もういいよ、つぐみちゃんなんか嫌いだ!べっぴんさんって言ったら、つぐみちゃんが喜ぶって母さんが言ってたのに……つぐみちゃんも母さんも嫌いだ!」


「ナオちゃん……」


「つぐみちゃんのこと、大好きだったのに……喜ぶって思ったのに……」


「ごめんなさい。お願い、許して」


 つぐみがそう言って、直希を抱きしめた。


「ごめんなさいナオちゃん、許してください。お父さんから、べっぴんさんがその……綺麗だって教えてもらって……私、嬉しかった。そしてね、ナオちゃんにひどいことしたって思ったの」


「……」


「だからお願いします。ナオちゃん、許してください。私とこれからも、仲良くしてください」


「……もう、怒ったりしない?」


「しません。だってナオちゃん、私のことを綺麗って誉めてくれたんでしょ?」


「うん……」


「私のこと、かわいいって思ってるんでしょ?」


「うん……つぐみちゃんは、保育園で一番綺麗だから」


「私のこと好き?」


「うん。一番好き」


「ゆかりちゃんより?」


「ゆかりちゃんより」


「ななちゃんより?」


「ななちゃんよりつぐみちゃんの方が好き!」


「私もナオちゃんのこと、大好きよ」


「本当?」


「うん。だからね、お願い。私と仲直りして」


「分かった。じゃあ仲直りする」


 満面の笑みを浮かべ、直希がそう言った。その笑顔に動揺し、つぐみがうつむいた。


「つぐみちゃん大好き」


「私もナオちゃんのこと、大好き」


「僕、つぐみちゃんと結婚したい」


「私も!」


「じゃあ約束しよ?つぐみちゃんは僕と、いつか結婚するって」


「いいよ。ナオちゃんも約束してね。私と結婚するって」


「うん」


 二人は笑いながら、そう言って指切りをした。

 直希の母も東海林も、扉の影から様子を伺い、笑った。




 しかしこれが、大きな騒動になるのだった。




 それからの二人は、以前にも増して仲がよくなった。

 保育園でもいつも一緒で、手をつないで楽しそうに遊んでいた。


 そんなある日、直希はつぐみに呼ばれて家に来ていた。

 直希と一緒にテレビの前に座ると、つぐみはレコーダーとテレビの電源を入れた。


「何か見るの?」


「うん。お父さんが録画してた映画。ちょっと見たら、すごく面白そうだったの。だからナオちゃんと、一緒に見ようと思って」


「映画なの?」


「そうよ。『小さな恋のメロディ』って言ってね、小さな男の子と女の子のお話しなの。どっちも好き同士で、すごく仲良しなの」


「僕とつぐみちゃんみたいに?」


「う、うん……もうナオちゃん、恥ずかしいでしょ」


「そうなの?僕はつぐみちゃんのこと好きだし、つぐみちゃんも僕のこと好きなんでしょ。だったらいいじゃない」


「そうなんだけど……恥ずかしいの、私は」


「そうなんだ」


「……ほら、綺麗な歌だと思わない?私、この歌すごく好き」


「ほんとだね。綺麗な歌だね」


 そう言って二人は、仲良く並んでテレビを見つめた。




 見るからに大人しい、10歳ほどの男の子ダニエルが、メロディというかわいい女の子に恋をする。そして二人はお互いに惹かれ合い、やがて結婚したいと思うようになる。

 二人は両親に、結婚の意思を伝えるが、両親はまだ子供だとまともに取り合ってくれない。

 二人は決意し、トロッコに乗って二人だけの世界に旅立っていく、そんな物語だった。




「素敵……」


「つぐみちゃん?」


「すごく素敵だった。二人共、一緒になれてよかったね」


「うん。あの電車に乗って、どこに行くのか知りたかったけど」


「もう、ナオちゃんは夢がないのね。二人はきっと、二人だけの世界に行ったの。誰にも邪魔されないで、二人はずっと仲良く暮らすのよ」


「そうなんだ。つぐみちゃんって、やっぱり頭いいね」


「ふふっ……ねえナオちゃん、私たちも結婚しない?」


「うん。僕はつぐみちゃんと結婚するよ」


「そうじゃなくて。今からよ」


「今から?」


「今から結婚するの、嫌?」


「そうじゃないけど……結婚って、大人になってからじゃないと出来ないんじゃないの?」


「もうナオちゃん、映画ちゃんと見てた?あの二人もそうやって、大人に邪魔されてたけど、最後はちゃんと結婚したでしょ」


「そうだけど」


「だからね、私たちも今から結婚しましょ」


「結婚って、どうすれば出来るの?」


「それは……結婚したら分かるんだと思うわ」


「そうなんだ。うん、分かった。じゃあ僕、つぐみちゃんと今から結婚する」


「いいわ、結婚してあげる。それじゃお父さんに言わないとね。それから後で、ナオちゃんのお父さんとお母さんにも言わないと」


「分かった」




 そう言って二人は、東海林の元に行った。

 東海林はすぐに、二人が例の映画を観て感化されたんだと理解した。


「そうかそうか。二人共、結婚したいぐらい好きなんだね」


「ええ、そうよ。私たち、愛し合ってるんだから」


 これも映画のセリフか……東海林が苦笑した。


「ありがとう直希くん、つぐみのこと、好きになってくれて。でもね、残念だけど、今すぐには無理なんだ。もうちょっと大きくなってからでないと、結婚は出来ないんだ。ほら、二人共もうすぐ、小学校に行かなくちゃいけないだろ?学校に行ったら忙しくなるし、今は難しいかな」




 直希の家でも、二人は同じようなことを言われた。

 二人は公園のブランコに座り、がっかりした様子でため息をついた。


「やっぱり……映画と一緒ね。大人はみんな、私たちの結婚の邪魔をするのね」


「つぐみちゃん、そろそろ帰らない?暗くなってきたし」


「何言ってるのよ。ナオちゃん、私と結婚したいんじゃなかったの?」


「したいけど……でもお父さんもお母さんも、先生も駄目だって」


「そんなことでやめちゃうの?ナオちゃん私のこと、ほんとに好きなの?」


「好きだけど……でもお腹空いてきたし……」


「じゃあいいわ。今日結婚しないんだったら、もうナオちゃんと結婚してあげないんだから」


「ええっ?そんなの嫌だよ」


「そうでしょ?ナオちゃん、私と結婚したいでしょ?」


「うん、結婚したい」


「じゃあしてあげる。ねえナオちゃん、私たちもあの映画みたいにしない?」


「どうするの?」


「二人で一緒に、どこかに行くの」


「電車に乗って?」


「そうよ。そうしたらきっと結婚出来るわ」


「分かった。じゃあ電車、乗りに行こう」


「ナオちゃん、お金ある?」


「僕は……200円持ってる」


「私は300円よ。これだけあったら大丈夫ね。じゃあ行きましょ」


「うん!」


 そう言うと、二人は手をつないで、駅の方へと歩き出した。

 直希もつぐみも、映画のラストシーンを思い浮かべながら、見つめ合い笑った。

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