第8章 未来と過去と
第51話 菜乃花の進む道
8月31日の夜。
食堂で、直希とつぐみ、そして菜乃花が集まっていた。
明日から9月。菜乃花の新学期に向けて、これからの仕事の割り振りを決めるためのミーティングだった。
「菜乃花ちゃんにとっては、高校生活最後の二学期。体育祭に文化祭と行事もあって、何より卒業後の進路を決める大切な時期だ。
あおい荘で働いてくれて、正直すごく助かってる。特にこの前、俺が倒れた時には本当、迷惑をかけてしまって」
「そうね。そのことに関しては本当、菜乃花に感謝し続けて頂戴よ。勿論、私やあおいにもね」
「分かってるって。あんまりいじめるなよ」
「あ、でもその……直希さん、元気になられて、本当によかったです」
「ありがとう。菜乃花ちゃんは優しいね」
「あ、いえ……そんなこと……」
「優しくなくて悪かったわね」
「いやいや、その突っ込みは来ると思ってたけど、そういう意味じゃないから」
「分かってるわよ、ふふっ」
「菜乃花ちゃんにとってこれからの数年は、人生で一番大切な時期だ。仕事を手伝ってくれるのは本当に嬉しい。でも今はそれ以上に、これから自分がどうしていきたいのかを、しっかり考える時間を持ってほしいんだ」
「はい……ありがとうございます……」
「菜乃花は将来の夢とか、あるのかしら」
「夢……ですか」
「ええ。大学に進学するのか、働こうと思ってるのか。専門学校という道もあるわね」
「私は、その……頭もよくないし、無理して大学に行っても仕方ないかなって思ってます」
「そうなの?でも、今から勉強頑張ったら、まだまだ間に合うと思うけど。それに大学は、勉強だけじゃない。友達も出来ると思うし、新しい発見や出会いもあると思うわよ」
「はい……でも私、友達を作るのも苦手だし、大学に行ってもその……今より多くの人たちの中に入っていくのも怖くて」
「小山さんは何か言ってるのかな。菜乃花ちゃんの将来について」
「おばあちゃんは……菜乃花がやりたいこと、やっていけばいいよって」
「菜乃花、こういう時期は、誰にでもあるの。私や直希だってそう。自分がこれからどうしていくのか、本当に悩んだ。勿論、決めたからと言っても、必ずその道に進めるとは限らない。でも、それを目指して頑張ることは、決して無駄にはならない。
もしまだ見つかってないのなら、精一杯悩むといいわ。大学に行けば、その結論を多少先送りすることも出来るけどね。直希なんか、その典型だったんだから」
「くさしてくれてありがとう。でもまあ、俺は何も考えてなかったな。何となく、周りに合わせて進学しただけだし」
「そうなんですか?」
「うん。でもそのおかげで、この道に進むことが出来た。大学時代にボランティアに参加して、この世界を知れたんだ」
「そうなんだ……直希さん、昔からこの道を目指してた訳じゃないんですね」
「夢なんて持ってなかったのよ。この人は」
「……辛辣な突っ込みありがとう」
「私は……」
「何かあるのかな、菜乃花ちゃん」
「私は、出来ればこのまま……このあおい荘で働きたいと思ってて……」
「あおい荘で?」
「あ、はい……」
「……今の菜乃花なら、そう言うんじゃないかって思ったわ。菜乃花、ここで働くようになってから、よく笑うようになったし……生き生きとしてるもんね」
「つぐみさん……ありがとうございます」
「菜乃花ちゃん、それはその、介護の道に進みたいってことなのかな」
「はい、介護の世界に興味あります。でも……このあおい荘がいいんです。私、ここにいると本当に、その……毎日が楽しくて、嬉しくて、幸せで……」
直希とつぐみが顔を見合わせ、うなずきあった。
「菜乃花、そう言ってもらえて嬉しいわ。菜乃花は本当に、ここで働くことが楽しいのよね」
「はい……」
「俺も嬉しいよ。菜乃花ちゃんが介護の世界、と言うか、あおい荘のことを思ってくれて。
菜乃花ちゃん。菜乃花ちゃんが本当にこの道って思うなら、専門学校もいいと思うよ」
「専門学校、ですか」
「うん。学校に行って、しっかり学んで資格を取るんだ。そうすれば、今よりもっと出来ることも増えるし、やりがいも出来る。そして卒業したら」
「卒業したら、ここで雇ってくれますか?」
「俺的には一度、他の施設で働いて欲しいかな。介護の世界は本当に奥が深くて、利用者さん一人一人によって全て対応が違ってくる。それにここにはないルールがたくさんあって、その中でヘルパーさんたちは頑張ってる。そういう外の世界を見て来た方が、菜乃花ちゃんにとって絶対プラスになると思うんだ」
「……」
「菜乃花が言いたいこと、分かるわよ。そう思ってくれてることも、すごく嬉しい。でもね、私も直希の意見に賛成よ。他の世界を見ることで、菜乃花はきっと私たち以上のヘルパーになれる。私たちの誰よりも優しくて、思いやりもある。そんなあなたが、この道に進みたいって言ってくれて、本当に嬉しい。でもね、だからこそ菜乃花には、そこで終わってほしくないの。もっともっと上を目指して……出来ればいつか、私たちを指示する側に立ってほしいの。大丈夫、あなたなら出来るわ」
「つぐみさん……」
「勿論、菜乃花ちゃん次第だけどね。専門学校で学んでる間に、やっぱりここで働きたいっていう気持ちが強いようなら、その時にまた相談にのるよ。可能性は一つじゃない。でも、もっと上を目指してほしいってことでは、俺もつぐみと同意見だよ」
「直希さん……」
「私たち、菜乃花のことが大好き。だからね、菜乃花。決意が固まったら、私たちに教えて頂戴。私たちはあなたのこと、全力で応援するから」
「だな。そしてそうなら尚のこと、明日からの学校も頑張らないとね。学校で学んで、そして楽しんで、いい思い出をしっかり作ってほしい。それも菜乃花ちゃんのこれからにとって、きっと大切な財産になると思うから」
「直希さん……はい、分かりました。私、頑張ってみます」
「うん。頑張ってね、菜乃花ちゃん」
「少しだけど、見えて来たみたいね。ほんと、よかったわ」
そう言ってつぐみに頭を撫でられた菜乃花は、照れくさそうに笑った。その顔はある意味、これまでで一番輝いていた。
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