第49話 明日香との思い出


「うーん、いい天気ねー」


 海に向かい、明日香が大きく伸びをした。


「明日香さん、ほんとにここでよかったの?」


「いいの。あたしが好きな場所って言ったら、この街のこの海なんだから」





 冬馬が帰った翌日。


 明日香がつぐみたちに呼ばれ、何やら話をしていた。

 部屋の掃除を終えた直希が戻ってくると、つぐみたちが不自然な笑顔を浮かべて待っていた。


「なんだなんだ、みんな揃って悪い顔して。何かたくらんでるのかな」


「いえいえ直希さん、何もたくらんでなんかいませんです」


「あおいちゃん……その言い方、たくらんでますって言ってるようなものだからね」


「ええっ?そうなんですか?私そんなに嘘、下手ですか」


「ちょっとあおいは黙ってようか」


「……つぐみさん、ほっぺ痛い、痛いです」


「こらこらつぐみ、正直者のあおいちゃんに何してんだよ」


「あおいにはこれぐらいで丁度いいのよ。この子の馬鹿正直さ、いつかトラブルになるんだから」


「無茶苦茶な……それで?何の悪だくみなんだ、つぐみ」


「え?な、何言ってるのよ。わ、悪だくみなんて、してる訳ないでしょ」


「……お前も嘘、大概だよな……じゃあ菜乃花ちゃん、菜乃花ちゃんは教えてくれるよね」


 そう言った直希に、菜乃花は頬を赤らめてうつむいた。


「あ、あのその……な、なんでも……ないですよ……」


「まあまあダーリン、そんなこと、どうだっていいじゃん。それよりさ、つぐみんから買い物、頼まれたんだよね。悪いんだけどダーリン、付き合ってくれないかな」


「買い物?ええ、それはいいんですけど……みぞれちゃんしずくちゃんは?一緒に行くよね」


「二人はいいの。西村さんと遊ぶ約束してるみたいだし」


「そうなの?って、西村さん、腰は?」


「もういいみたいよ。気をつけなくちゃいけないのは本当だけど、無茶さえしなければ、普通に生活していいって」


「そうなのか、よかった。じゃあ明日香さん、買い物行きましょうか」


 そう言って明日香についてきたのだが、どうやらつぐみたちが気を利かせ、二人で話す時間を作ってくれたようだった。





「裸足で歩くと気持ちいいよね。ダーリンもやりなよ」


 裾をまくり上げ、素足で波打ち際を歩く明日香。直希もうなずき靴を脱ぐと、一緒に隣を歩いた。

 明日香は直希の腕を組み、嬉しそうにはしゃいでいる。いつも破天荒な言動の明日香だが、こんな子供っぽい一面もあったのかと、直希は微笑んだ。


「楽しそうだね、明日香さん」


「そうかもね。ダーリンと二人っきりだなんて、初めてなんだから」


「いつもはみぞれちゃんしずくちゃんと一緒か、あおい荘の誰かと一緒だもんね」


「だから今、ダーリンの言う通り、すっごく楽しいかも!」


 そう言って海に向かい、明日香が両手を広げた。

 その横顔は美しく、直希は照れくさそうに笑った。




「はい、コーヒー」


「ありがと、ダーリン」


 二人並んで座り、海を見つめる。

 海水浴シーズンも終わり、海には二人だけだった。


「今年の夏も……色々あったよね」


「そうですね。あおいちゃんが来てから今日まで、本当に色々ありました、今年の夏は」


「つぐみんや、なのっちまであおい荘に住むことになって」


「明日香さんも一緒に海水浴、バーベキューに花火」


「忘れられない夏になったよ、あたしにとっても」


「……明日香さん?」


「ね、覚えてる?あたしとダーリンの出会い」


「勿論。二年前、あれも夏でしたよね。スーパーで明日香さんに、急に声をかけられて」


「あたしたち、出会いもかなりおかしかったよね」


「明日香さんにいきなり抱き着かれて、『遅いよダーリン』って言われて」


「ふふっ」


「あの時は本当、びっくりしましたよ」


「ごめんね。でもあたしもあの時、男なら誰でもいいから来てって思ってたから」


「ははっ……明日香さん、ストーカーされてて」


「亮平がいなくなってから、この街でずっと頑張ってきた。周りの人たちはみんな優しくて、あたしのことを応援してくれてた」


「でも、明日香さんの虜になった男たちは、明日香さんのことをずっと狙ってて」


「大変なんだよ、来る男来る男を断っていくのは」


「旦那さんが亡くなってから今まで、どれくらい告白されたんですか」


「ちゃんと覚えてはいないけど……10人は下らないかな」


「すごいですよね」


「そんなことないない。だって、どいつもこいつも、あたしの美貌と体だけが目当てなんだから」


「それでもですよ。それに明日香さん、いつも茶化してそう言うけど、明日香さんが魅力的なのは、みぞれちゃんしずくちゃんの為に頑張ってるからだと思いますよ。そんな姿を見せられたら、俺が守りたいっていう男が多いのもうなずけます」


「ダーリンは?」


「俺?いや、俺は、その……」


「何なの?ほら、ちゃんと言ってよ」


「俺も勿論、そうですよ。明日香さんはいつも元気で、笑顔いっぱいで……辛かったり心細い時もあるはずなのに、それを見せないで頑張ってる。そんな明日香さんは、俺にとって憧れです。明日香さん、すごく輝いてますから」


「……」


「……明日香さん?」


「もぉーっ、ダーリンってばー、いくら本当でもそんな恥ずかしいこと、真顔で言わないでよー」


「いってぇー、ちょっと明日香さん、加減してくださいって」


「あはははははっ、ごめんごめん。でも……今のでやっぱ、分かっちゃったかな……」


「え?」


「ううん、こっちの話」


 明日香が少し寂しげな顔を見せた。その横顔に直希は気づいたが、あえて触れずに海を見つめた。


「あの時も明日香さん、ストーカーに狙われていて」


「うん、そう……それであの時、あたしの前に現れて……あの目、初めて怖いって思った。あたしの体を舐めまわすような目……そして、もし思い通りにならないなら……そんな思いが伝わってきた」


「そんな時、たまたま俺が通りかかって」


「ダーリンには悪いって思ったよ。でもね、あの時に限って、周りにはイキのいい男がいなくってさ。藁をもつかむ思いで、ダーリンに抱き着いて」


「……藁で悪かったですね」


「え?あははははははっ、ごめんごめん」


「まあでも、何となく事情はつかめたから、俺がその男に」


「俺の大切な人に何かご用ですか、って言ってくれて」


「でも確かにあの人、ちょっとやばかったですよね」


「うん。あれから半年ぐらいして、違う人のストーカーで逮捕されてたし」


「今考えたら俺、危なかったのかも」


「ふふっ、そうね。でも……それからしばらくダーリン、あたしのことを気にしてくれて、彼氏を演じて会いに来てくれた」


「まあ、あの男の雰囲気なら、まだ何かしてくるかもって思ったからね」


「なかなかいないよ、そんなお人よし」


「そうかな、ははっ」

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