第48話 家族の絆


「先ほどはすまなかったね」


 池の前の喫煙所で、直希と冬馬が肩を並べて煙草を吸っていた。

 正確に言えばもう一人、直希の祖父、栄太郎も立っていた。





「新藤直希くん。君の気持ちは理解した。娘の気持ちもね……それでだ。どうだろう、少し二人で話がしたいのだが」


 明日香が落ち着いたタイミングで、冬馬が直希にそう言った。


「分かりました。冬馬さんはお煙草、吸われますか?よければ庭で話しましょう」


 そう言って直希が、冬馬を連れて玄関へと向かった。その時生田が、


「直希くん。私も付き合わせてもらえるかね」


 そう言った。しかしそこに、栄太郎が割って入った。


「いや、生田さん。直希は私の孫だ。私に任せてくれんかね」


「新藤さん……いや、あんたが出たら、それこそ駄目だろう」


「大丈夫だよ。私もいい歳なんだ。若い頃の様な無茶はしないさ」


「あなたが出て行くとなると、冬馬という男が……心配なんだが」


「無茶はせんから安心してくれ。あんたなら分かるだろ」


「あおい荘で傷害事件なんてことには……ならないとは思うが、くれぐれも自重してくださいよ」


「ああ、分かってる」


 大きくため息をつく生田に、あおいと菜乃花が尋ねた。


「あの、その……栄太郎さん、大丈夫なんですか」


「ああ、菜乃花くん……いや、どちらかと言うと、不知火くんの親父さんの方が心配なんだが」


「生田さん生田さん、それってどういうことなんですか」


「あ、いや……」


「二人共、栄太郎おじさんなら大丈夫よ」


「つぐみさん?どうして分かるんですか」


「栄太郎おじさんはね、今でこそ優しいおじいさんなんだけど……昔はね、ちょっとアレな人だったのよ」


「アレって……つぐみさん、どういうことですか」


「だからアレよ。この辺でもね、ちょっと怖い人たちのまとめ役って言うか、その……とにかく大丈夫よ。栄太郎おじさんが本気になったら、生田さんでも抑えられるかどうか」


「ええええええっ?生田さん生田さん、本当なんですか」


「あ、ああ……私も若い頃は、よく新藤さんとはやりあったからね。その……仕事としても、そうでなくても」


「栄太郎さん……全然そんな風に」


「見えないでしょ。でもね、修羅場の数で言ったら、この街で栄太郎おじさんの右に出る人なんかいないんだから」





「それで……さっきから私を見ているこの方は」


「うちのじいちゃんです。心配ないですよ、優しいじいちゃんですから」


「そう……なのか。さっきからうちの若い者たちが、妙な気を出して困っているんだ。その……新藤さん。私はただ、お孫さんと話がしたいだけでね。警戒しないでほしいのだが」


「……分かっとる。ただわしも、孫を一人であんたの懐に入れる気はないんでね。あんたが何もしない限り、わしはここで煙草を吸ってるだけだ。わしのことは気にせず、好きに話してくれ」


「じいちゃん。その言い方、冬馬さんが困ってるじゃないか。大丈夫だよ、そんなに威嚇しなくても。それに……あんまり血が騒ぐようだったら、後でばあちゃんに言うからね」


「お、おいおい直希、それは勘弁してくれ。ばあさんにばれちまったら、あおい荘から追い出されてしまう」


「だろ?なら大人しくしててね」


「ふっ……」


 二人のやり取りに、冬馬が笑った。


「ふはははははっ。面白いところだね、このあおい荘は」


「冬馬さん?」


「いやいや面白い。こんなに面白いと思ったのは久しぶりだ。大人しそうな女の子がいて、私たちに全くひるまない女の子がいて。そして私と同じ匂いを持つ者、反する匂いを持つ者もいて、そして君だ。いや面白い、全くもって面白い。ふはははははっ」


 冬馬の笑い声に、黒服の男たちも複雑な表情を浮かべた。


「新藤直希くん……いや、直希くん。さっきの君の話、響いたよ。確かに私は、親として、娘を愛している。娘や孫たちの幸せを願っているし、その為ならどんなことでもするつもりだ。だから今の娘の暮らしは、私にとっては……腹立たしかった。なぜ娘は、私の元に帰って来て、楽な道を選ばないのかと思っていた。

 家に戻れば、何不自由なく暮らせる。働く必要もないし、みぞれとしずくと一緒に、穏やかで幸せな暮らしが出来る。娘が拒むのであれば、無理に家業を継がなくてもいいと思っていた。

 だがこのあおい荘に来て、そして君の話を聞いて……娘がどうしてそうしないのか、分かった気がする」


「冬馬さん」


「娘も、いつまでも子供だと思っていたが、立派な母親になったようだ。そしてそれに、君が大きく関わっていることもよく分かった」


「いやいや、そんなこと全然ないです。俺なんか、毎日自分の力のなさに情けなくなってるばかりで……俺は何もしてません。明日香さんにだって、こっちがお世話になることはあっても、明日香さんに何一つとして返せてませんし」


「なるほど……新藤さん、お孫さんは、かなり鈍いようですな」


「ははっ、お恥ずかしい」


「えええええええっ?じいちゃんまで、何でそうなるんだよ」


「直希くん。今君は、何も出来てないと言った。自分には力がないと言った」


「……はい」


「しかしここには、君を守ってくれる人たちがたくさん集っている」


「ええ、それは本当に、ありがたいと思っています」


「それが君の、最大の力だよ」


「……」


「言うなれば君は、将の将たる器なんだよ」


「器だなんて、そんな立派なものでは」


「今はまだ分からないのかもしれない。だが君はいずれ、とんでもない大物になるかもしれない。娘のことも、君に任せられるのなら安心だ」


「あの……冬馬さん、そのことなんですが」


「いや、みなまで言うことはない。君は明日香のことを、一人の女として愛してはいないようだ」


「……やっぱり分かりましたか。すいません」


「謝ることはない。それに……ここには、君を想う者たちがいることも分かった。ただ、まだどの子も横一線、そんな感じだね」


「それってどういう」


「それはこれから、君が感じていくことだろう。そしていつか、君は選択の時を迎えるのかもしれない」


「……」


「難しい顔をしなくていい。とにかく今日はすまなかった。その、色々と……失礼なことも言ってしまった。私はこれで帰るので、明日香たちのこと、これからもよろしく頼む」


 冬馬が頭を下げた。直希は恐縮した面持ちで、


「は、はい、こちらこそ、ありがとうございました!」


 そう言って頭を下げた。





「お騒がせして申し訳なかった。娘と孫のこと、これからもよろしくお願いします」


 玄関先で冬馬が、あおい荘の面々に深く頭を下げた。


「はいです。こちらこそ、おもてなし出来なくて申し訳ありませんでしたです」


「いや、あおいくん……風見あおいくん、だったね。アイス、ありがとう。とてもうまかったよ」


「そうですか!それはよかったです。是非是非また遊びに来てくださいです。その時は、菜乃花さんが作ったアイスをご馳走したいです。菜乃花さんの作るアイスは最高ですので」


「菜乃花くん、それとつぐみくん。怯えさせて申し訳なかった」


「あ、その……いえ、こちらこそ……」


「な、何のおかまいも出来ませんで……あ、あははははっ」


「つぐみ、顔、引きつってるぞ」


「な、何よ……直希の馬鹿」


「じいじ……」

「じいじ……」


「みぞれ、しずく。今度はじいじの家に、ママと一緒に遊びにおいで。その時はじいじが、いっぱい遊んでやるからな」


 そう言って再びぬいぐるみを渡すと、みぞれとしずくは嬉しそうに笑い、冬馬の両側に回り、頬にキスをした。


「ありがとー、じいじ」

「ありがとー、じいじ」


 二人の孫にキスをされて、冬馬が目を細めて笑った。そして明日香の方を向くと、一つ咳ばらいをして言った。


「明日香……さっきは不知火のこと、あんな風に言ってすまなかった。私はやつのことを……その、なんだ、最初に見た時から、見込みのある男だと思っていた」


「親父……」


「今のお前を見て、そして直希くんの言葉を聞いて分かった。お前の中に、不知火くんはまだ生きているんだな」


「親父……ありがとう……」


 口に手をやり、明日香が涙ぐむ。


「お前にはこの街がよく似合う。今日はここに来れてよかった。頑張ってみるがいい」


「うん……うん……」


 冬馬の腕に抱かれ、明日香が声を震わせて泣いた。


「それと……」


 娘を抱擁する冬馬が、少し意地悪そうに笑い、耳元で囁いた。


「ここには敵が多いようだな。見たところ、お前が一番遅れを取っているようだ。状況を楽しむのもいいが、女の武器で一気に勝負をつけた方がいいのかもしれんぞ。母さんのようにな」


「なっ……」


 明日香が真っ赤になって見上げると、冬馬はにんまりと笑った。


「こ……このクソ親父、さっさといっちまえっ!」


「おいおい明日香さん、どうしたんだよ急に」


「ですです、折角いい雰囲気でしたのに」


「いいのよ、もう。ほら、さっさと帰んな。母ちゃんも待ってるよ」


「ははっ、そうだな……それではみなさん、お騒がせしました。失礼します」


「ありがとうございました。是非、またお越しください」


「ああ。ありがとう」


 そう言って、冬馬が黒服たちと共に車へと向かった。


「明日香さん明日香さん、さっきお父様に、何か言われましたですか」


「アオちゃん……そこはスルーでお願いします」


「そうなんですか」


「そうなの!」


 去っていく車を見つめ、明日香がつぶやいた。


「またね、親父」

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