第47話 不知火明日香の生き様


 アイスを食べ終わったみぞれとしずくは、満足した様子で食堂内を走り回っていた。


「新藤……直希くん」


「はい」


「君は、その……娘と一緒になる男なのだと聞いている。みぞれとしずくの父親になると」


「ええええええっ?直希さん、そうなんですか」


「あおい、あなた、ちょっとこっちに来なさい!」


 つぐみがカウンターからあおいを呼ぶ。


「でもでもつぐみさん。つぐみさんは知ってましたですか」


「だーかーらー。あなたが口を挟むとややこしくなるから、ちょっとこっちに来てなさいってば」


「は、はいです……では直希さん、冬馬さん、ちょっと失礼しますです」


「は……ははっ……」


「それで……どうなのかね」


「答える前に、冬馬さんにお尋ねしたいことがあります」


「ほう……私に問うか……よかろう、言ってみるがいい」


「明日香さんの新しい伴侶……それを決めるのは明日香さんであり、みぞれちゃんしずくちゃんだと思います。どうして冬馬さんが遠路はるばる、そのことを確かめる、ただそれだけの為に来られたのですか」


「君はまだ若い。親になったこともないから、そんなことが言えるのだろう。可愛い娘と孫の人生がかかっているのだ。親として、見届けるのは当然の義務なのだよ」


「……俺が冬馬さんの見立てにかなわなかった場合、どうなるんですか」


「当然、明日香との結婚は認めん。そもそも明日香は、私の家業を継ぐ大切な一人娘だったのだ。それをこの大馬鹿者は聞きもせず、不知火にたぶらかされて、勝手に家を出たのだ」


「亮平のこと、知ったように言わないでよ!」


「お前は黙っていろ!」


 冬馬の重い一喝が、食堂に響き渡った。


「あの男に騙されていなければ、お前は私の用意した男と一緒になり、今頃は私の家業に専念していたはずだ!それなのにどうだ、今のお前は。しがないスーパーの配達員として、子供二人を見ながらみじめな暮らしをしている。それもこれも、不知火がお前をたぶらかしたからだろうが!

 それに……お前のことを幸せにするなどと、私の前で大見得を切っておきながら何だ!所帯を持って、一年もたたないうちに死んでしまいおって。生き方も勝手なら死に方まで勝手、どこにやつを褒めるところがある!」


「あたしは家業なんか継がないって、ずっと言ってきたわよね。なんで今の時代に、昔ながらのやくざな稼業なんて継がなきゃなんないのよ。あたしはね、親父のおもちゃじゃないの。親父がどう思おうと勝手だけどね、今のスーパーで働いてるんだって、あたしはすっごく楽しいんだから」


「それでどうやって、みぞれとしずくを幸せに出来るのだ。お前が好きに生きる、仮にそれを許したとしても、みぞれとしずくの人生、お前はどうやって責任を取るつもりなんだ」


「やってやるよ!ふざけるんじゃないよ親父!あたしにもね、あんたの血が流れてるんだ。無鉄砲で、こうと決めたら真っ直ぐ突き進む血だよ!分かってんだろ、それぐらい。あたしはね、亮平の墓の前で誓ったんだ。みぞれとしずくのことは、あたしが立派に育てて見せるってね。誓ったからには必ず守る、冬馬の血、舐めんじゃないわよ!」


 明日香はそう言い放ち、肩で息をしながら冬馬を睨みつけた。娘のその強烈な言葉に、冬馬も思わず息を飲んだ。


「明日香さん、とりあえず落ち着こうか。あおいちゃん、ごめんね、麦茶持ってきてもらえるかな」


「あ……はいです!」


 あおいが持ってきた麦茶を手渡し、直希が明日香の手を握って微笑んだ。そのぬくもりに明日香は赤面し、「う、うん……」そう言って座り直すと、一口飲んで小さく息を吐いた。


「……冬馬さん、大体の事情は分かりました。冬馬さんが明日香さんたちのことを思ってることも、明日香さんの思いもです。それで続きですが、冬馬さんが俺のことを認めなければ、明日香さんたちを連れて帰ると、そう言うんですね」


 直希がそう言って、冬馬を見据えた。

 その、何か覚悟を秘めたように思える鋭い視線に、冬馬は一瞬、ひるんだ自分を感じた。


「そ、そうだ。不知火が死んだ時に、娘とした約束だ。三年、三年たっても明日香が一人なら、私の元に帰ってくるとな」


「なるほど……では、さっきの返答をさせてもらいます」


「……」


 つぐみが、菜乃花が、あおいが。そして明日香が、息を飲んで直希の言葉を待った。




「明日香さんはお返し出来ません。これからも、この街で生きてもらいます」




「なっ……」


 直希の決意を込めた言葉に、冬馬は目を見開いた。


「お返ししないだと……お前は私に向かって今、そう言ったのか」


「はい、言いました。今までの話を聞いて、冬馬さんの元に戻っても明日香さんは幸せになれない、そう確信しました」


「どうしてそう思うのか、聞かせてもらおうか」


「明日香さんと出会ったのは二年ほど前です。最初はその……正直少し苦手でした。スキンシップは激しいし、周囲を引っ搔き回すこともありましたし、行動も奇抜で、俺には想像も出来ない、別の世界に生きている人なんだと思ってました」


「……」


「でも付き合いを重ねていく中で、この人は本当に、毎日を真剣に、懸命に生きているんだと分かるようになりました。何より明日香さんは、みぞれちゃんしずくちゃんの為に、必死に頑張ってます。俺の頑張りなんか足元にも及ばない、そう思いました。それぐらい明日香さんは、俺の中で輝いていました」


「ダーリン……」


「冬馬さん、ご存知でしたか?明日香さん、役所で手続きすれば手当てをもらえるんです。頑張ってるシングルマザーの人たちを支援するための手当です。それを明日香さん、全部拒否してるんですよ」


「なっ……本当なのか、明日香」


「以前そのことで、役所の人から相談を受けたことがありました。どうしてか分かりますか?明日香さんは、自分の力で二人を育ててみせる、そう亮平さんと誓ったからです。勿論、手当はありがたい。でもそれは、私よりもっと必要としてる人たちにまわしてください、そう役所の人に言ったんです」


「明日香、お前……」


「明日香さんは亮平さんとの誓いをずっと胸に、たった一人で戦ってる素晴らしい女性なんです。そんな明日香さんを、俺は心から尊敬してます」


「……」


「だから俺は、そんな明日香さんを少しでも応援したい、そう思ってます。明日香さん、このあおい荘でも明るく元気で、みなさんと仲良くしてくれます。みなさんを笑顔にしてくれます。そしてそんな時、ふと気付いたんです。最初の頃に感じていた、明日香さんの規格外の元気さの訳に。

 ――明日香さんは、亮平さんの生き様を背負い、二人分の人生を生きる、そう決意してるんだって!」


 直希の言葉に、明日香の目から大粒の涙がこぼれた。ひっくひっくと肩を揺らし、やがてそれは嗚咽へと変わっていった。


「明日香さんはこの街で、亮平さんと一緒に、みぞれちゃんしずくちゃんと生きることを選んだんです。冬馬さん、さっきあなたが言った言葉です。親ならば、いや、親だからこそ、分かってあげてもらえませんか。明日香さんは今、最高に幸せなんです!」


「うわあああああああっ!」


 嗚咽は号泣へと変わった。食堂に、明日香の声が響く。


 気が付くと、みぞれとしずくも明日香の元にやってきて、一緒になって泣いていた。


 冬馬は言葉を失い、うつむき肩を震わせた。


 直希は笑顔で、泣きじゃくる明日香の頭を優しく撫でた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る