第45話 女たちの闘い、再び


「やーだー。パパと寝るのー」

「寝るのー」


 明日香たちの為に用意した部屋で、立ち去ろうとした直希の足に、みぞれとしずくがしがみついた。


「ごめんね、みぞれちゃんしずくちゃん。俺もすぐそこの部屋だから。それにママも一緒だろ?」


「やーだー、パパとー」

「パパとー」


「参ったな、こりゃ……」


 今にも泣き出しそうな二人に、直希がため息をついた。


「分かったよ。それじゃあ今日だけね、今日だけ一緒に寝てあげるね」


「やったー、パパ好きー」

「好きー」


「じゃあみぞれちゃんしずくちゃん、お布団に入って」


「はーい」

「はーい」


 二人が並んで布団に入ると、直希は笑って二人の頭を撫でた。


「ごめんねダーリン。無理言っちゃって」


「明日香さん、それ全然悪く思ってない顔だから。それにほら、腕に胸、当てないで」


「もぉ、ダーリンったら釣れないんだから……まあいいわ、夜は長いんだし、いつでも既成事実、作るチャンスはあるんだからね」


「小声で言っても聞こえてますからね、悪だくみ」


 みぞれたちの布団に入り、頭を優しく撫でる。

 そうしている内に、お泊まりに興奮して疲れたのか、みぞれとしずくは可愛い寝息をたてだした。


「疲れてたんだね、二人共」


「ごめんね、迷惑かけちゃって」


「いいですよ、これぐらい。それに今日、二人の面倒を見てくれたのは、西村さんとあおいちゃんですし」


「それもなんだけど……いつもなの、いつも。ダーリンには本当、感謝してるんだから」


「感謝の言葉と一緒に体を触るの、やめてくれませんかね」


「いいじゃんこれぐらい。夫婦のちょっとしたコミュニケーションじゃない」


「ほんと、勘弁してくださいって。つぐみたちを説得するだけでも、大変だったんだから」





 直希と同じ部屋で寝ると明日香が言った時、つぐみも菜乃花も猛反対した。

 あおいは、みぞれとしずくのお願いだからいいんじゃないかと言ったのだが、


「何馬鹿なこと言ってるのよ。あの肉食女子の目を見てごらんなさい。あれが子供たちの為だって目に見える?どう見ても直希を食ってやるって目でしょ」


「え?明日香さん、まだお腹空いてますですか?それなら直希さんじゃなく、私と一緒に何か食べましょうです」


「違うから、言葉通りに取らないで。そうじゃなくて明日香さんはね、みんなが寝静まるのを待って、直希を襲うつもりなのよ」


「やっぱり明日香さん、お腹空いてますですか」


「……ごめん菜乃花、代わって頂戴。この天然少女に説明するの、私には無理みたい」


「私ですか?私その、そんな恥ずかしい話……」


 赤面した菜乃花だったが、両手を合わせて頼むつぐみに、小さく息を吐いてうなずくと、あおいの耳元で囁いた。


「あおいさん、あのその、ですね……つぐみさんが言ってるのは、その……」


「何ですか菜乃花さん……はい……はいです……はい……ええええええええっ?明日香さん、直希さんとそういう関係になってしまいますですか」


「分かってくれた?そうならない為に、直希をこの部屋で寝かせる訳にはいかないのよ」


「あんたたち、好き勝手に妄想してるんじゃないわよ。いくらダーリンのことを好きって言っても、みぞれとしずくが寝てる横で、そんなことおっぱじめる訳ないでしょ」


「いいえ、明日香さんならあり得るから」


「つぐみーん、ちょっとはあたしのこと信用してよー」


「どの口が言ってるんですか。自分の胸に手を当てて考えてみなさいよ」


「……う~ん、いい感じのお胸。これならダーリン、あたしから行かなくても襲ってくれるかも……あいたっ!」


「いい加減にしてくれるかしら、明日香さん」


 収拾がつかなくなっていたところに、みぞれたちとお風呂に入っていた直希が戻って来た。


「どうしたのみんな、部屋の前に集まって」


「直希さん直希さん、今晩明日香さんと結ばれますですか」


「え」


「明日香さんはその気満々だそうです」


「……明日香さん、純真無垢なあおいちゃん、あんまりからかわないでくれるかな」


「あははははははっ、ごめーん」


「あのその……でも直希さん、明日香さんとその……本当に一緒の部屋で」


「いやいや菜乃花ちゃん、別々だから。みぞれちゃんとしずくちゃんをお布団に入れるまで、一緒にいるだけだから」


「そ、そうなんですね……よかった……」


「明日香さん、菜乃花ちゃんもまだ高校生なんだから、あんまりからかわないでくださいよ……って、つぐみまで、何ため息ついてるんだよ」


「た、ため息なんかついてないわよ。私はただ、このあおい荘でその……いかがわしいことが起こらないって分かって……風紀!そうよ、風紀の面でほっとしただけなんだから」


「お、おう、そうか……お前もなんだ、その……色々大変だな……」





「それで?ダーリン、ほんとに部屋に戻っちゃうの?」


「まーた、明日香さんはそうやってからかう。それにほら、その手。そろそろ離してもらえます?」


「釣れないなぁ、ダーリンは……まあでも、ダーリンがそんな人だから、あたしは好きになったんだけどね」


「どういうことです?と言うか、あのプロポーズって、冗談でしょ?」


「あ、あのねえ……まあいっか、これはこれであたしも楽しいし」


「明日香さん?」


「ダーリンはね、今まで出会った男の中でも特別なの。勿論、一番は亮平だけどね。でもね、他の男共はみんな駄目駄目だった」


「どういうこと?」


「どいつもこいつも、あたしの美貌とパーフェクトな体が目当てで寄ってきたの。昔からずっとそうだった」


「美貌って……まあ確かに明日香さんは綺麗ですけど、自分で言っちゃうんだ」


「嘘ついても仕方ないでしょ。自分が綺麗だって分かってるのに、それに気付かないふりして、『いえ、私なんかそんな……全然ですよ……』なーんていう女、ダーリンはどう思う?」


「ま、まあ確かに、それはそれでちょっと」


「でしょ?あたしは自分に正直でありたいの。それでね、男共はみんな、あたしの外見だけで寄ってきた。あたしの中身なんてどうでもよかったの。

 でもね、亮平だけは違った。本当のあたしを見てくれて、愛してくれた。だから惚れちゃったの」


「トラックの運転手さんでしたよね」


「うん……でもね、事故であたしたちの前からいなくなって……その時あたし思ったの。これからはあの人が残してくれた、みぞれとしずくの為に生きるんだって」


「すごいことだと思いますよ。だって明日香さん、自分の力だけでみぞれちゃんしずくちゃんを育ててるんだから」


「女の意地、かもね。でもそれからもね、何人も男共が近づいてきた。あたしのことを愛してる、みぞれとしずくの父親になりたいって」


「……」


「でもね、違うのよ。あいつらが見てるのはあたしであって、みぞれやしずくじゃない。あたしと一緒になりたいから、この子たちの面倒も見るってことなの。それでもまあ、すごい決意だとは思うんだけど……でもね、違うの。あたしが求めてるのは、みぞれとしずくを愛してくれる人なの」


「……」


「だからあたしは、みーんな断って来た……でもね、そんな時に出会ったのよ。運命の人に」


「……それってまさか」


「うん。ダーリンよ」


「いやいや、なんでそうなるのかな」


「だってダーリン、初めて会った時から、二人のことをすごく可愛がってくれた。愛してくれた。こんな綺麗なあたしのことをそっちのけで、この子たちの未来だけを思い描いてくれた」


「明日香さーん、ちょっと妄想入ってますよー」


「でもそれが本当なの。この子たちを見るダーリンの目を見てね、あたし気づいたの。自分の気持ちに」


「……どうリアクションすればいいのやら」


「そういう訳だからさ、ダーリン。既成事実、作っちゃいましょう」


「どの流れでそうなるんだか……じゃあ俺、そろそろ自分の部屋に戻るから、明日香さんもちゃんと寝てくださいよ」


「もぉ……ダーリンの馬鹿。頑固者」


「はいはい。それじゃあね、明日香さん。いい夢、見てくださいね」


 そう言って直希が頭を撫でると、明日香は頬を染め、照れくさそうにうつむいた。

 そしてその手をつかむと引き寄せ、頬にキスをした。


「あ、明日香さん……」


「……ダーリンも、いい夢見てね。愛してる」


 そう言って離れると、そのまま布団の中にもぐっていった。


 突然の行為に動揺した直希だったが、頭まで布団をかぶった明日香に苦笑すると、電気を消して部屋を出て行った。


「おやすみ、明日香さん」

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