第41話 みぞれとしずくの探検


「よーし、お主ら、どこからでもかかってくるがよい!」


「えーい」

「とりゃあー」


 あおい荘の庭で、西村がみぞれとしずくを相手に、忍者ごっこをしていた。


 みぞれとしずくが、西村に教わったように葉っぱをちぎり、それを手裏剣代わりにして西村に投げる。


「ふはははははっ、やい子供忍者よ、そんなものではわしは倒せんぞ。くノ一、この子供忍者共に、本物の忍者の厳しさを教えてやるのじゃ」


「あ、あの西村さん、それってひょっとして、私のことなんですか」


「なーにをやっとるかくノ一、さっさとするんじゃ」


「ひゃっ!西村さん、お尻を叩かないでくださいです……ええいっ!」


 あおいが葉っぱを投げる。しかし二人の所までは届かない。


「ふーむ……これはやつら、風を使う忍術を使うようじゃな……よーし、ならばわしが相手してやろうぞ」


 そう言って、芝生の草を適当にちぎり手に持った。


「むんっ!」


 掛け声と共に構える。


「子供忍者共よ!わしの技、受けれるものなら受けてみよ!」


 西村の言葉に、みぞれとしずくも構えて応じる。両手を広げ、西村の方へと向ける。


「……」


 西村が目をつむって耳を澄ませる。そして風の気配を感じたその瞬間、上空めがけて草を投げた。

 西村の動きに合わせ、みぞれとしずくが「やあーっ!」と掛け声を上げ、両手を突き出した。


「す……すごいです……」


 西村の投げた草が、風に乗って上空を舞った。それはみぞれとしずくからすれば、自分たちの技で風を起こしたように見えた。


「やったー」

「やったー」


 二人が手を叩いて喜ぶ。西村は二人の前に膝から崩れると、悔しそうに言った。


「くっ……ここまで風を自在に操るとは……わしの負けじゃ……」


 西村のその姿に、あおいは目を輝かせた。





 その後、4人は庭の裏へと回った。そこは草が生い茂っていて、まだ手入れがなされていない場所だった。


「私、裏に回るのは初めてです。こんなふうになってましたですか」


「ナオ坊も忙しいからのぉ、ここまではまだ手が回ってないんじゃ。じゃがおかげでな、この子たちにとってはいい遊び場になっとるんじゃよ」


「にしむー、虫とってー」

「とってー」


「よーし、待っておるんじゃぞ。じいじが捕まえてやるからの。よし、虫取り小僧よ、前にわしが教えた通りにやるんじゃ」


「はーい」

「はーい」


 そう言うと、二人は草むらに片足を入れ、がさがさと左右に振った。そして手ごたえがないと前に進み、別の足でまた同じように草を探る。

 そうして何度か繰り返していると、草むらから緑色の何かが飛び跳ねた。西村はその機を逃さず、その物体が着地する場所まで走っていった。


「よーし、捕まえたぞい」


「にしむー、見せてー」

「見せてー」


 二人が西村の元に駆け寄ってくる。西村が手を開くと、中からバッタが姿を現した。


「にしむー、すごーい」

「すごーい」


「ほっほっほ。お主らがこれを見るのは初めてじゃのぉ。ほれ、よぉく見るんじゃ。このバッタ、背中に小さいやつが乗っとるじゃろ」


「ほんとだー」

「すごーい」


「これはの、おんぶバッタと言うんじゃ。かわいいじゃろ」


「ほんとです、背中に小さなバッタさんが乗ってますです」


「あおいちゃんも、こいつを見るのは初めてかの」


「はいです。父様が、女の子が虫取りなんか駄目だと言って、許してくれませんでしたです」


「一度もないのかの」


「私の姉様がその……元気な方でしたので、父様に内緒で連れていってもらったことがありますです」


「ほっほっほ。中々おてんばな女の子だったんじゃな、あおいちゃんのお姉ちゃんは」


「近所の男の子たちを引き連れてましたです。みなさん姉様のこと、ボスって呼んでましたです」


「いいお姉ちゃんじゃな」


「はいです、最高の姉様です!」





「それで西村さん、次は何をしてるんでしょうか」


 昼ご飯が終わると、西村は二人を連れて、あおい荘の二階へと向かっていた。


「探検じゃよ、探検」


「探検……ですか?」


「子供というのはの、自分が知らないものは全て、宝石の詰まった宝箱の様に思うものなんじゃよ。あおい荘の二階も、この子たちはまだ入ったことがないんじゃ。階段もちゃんと登れないからの、明日香ちゃんからもきつく言われてるんじゃ。

 じゃがな、それはこの子たちにすれば、大人が秘密にしている魅力いっぱいの世界なんじゃ。今日はあおいちゃんもいるしの、ナオ坊にも許可はとってある」


「宝石の詰まった宝箱……」


「あおいちゃんはちっちゃい頃、そんな風に思ったことはないんかの」


「私は……よく覚えていませんです。子供の頃は父様の言われる通り、勉強やお稽古をしていたと思いますです」


「なるほどのぉ……あおいちゃんは親御さんにとって、いい子であろうとしてたんじゃの」


「そんなことは……でも、だからだと思いますです。あおい荘に来てからは、毎日が新鮮でわくわくすることがいっぱいありますです」


「楽しいんかの」


「はいです。私は今、毎日がすごく楽しいです」


「ほっほっほ。それはよかったよかった。よし、西村探検隊1号2号、到着したぞい。準備はいいかの」


「はーい」

「はーい」


 そう言って二人が、西村をまねて敬礼をした。


「よーし。では探検に向かうぞい」


 廊下を歩き、一部屋ずつ中を確かめていく。ある部屋は布団やリネン類の倉庫になっていた。別の部屋には、直希が手入れした家具が置いてある。何もないがらんどうな部屋では、みぞれとしずくが大はしゃぎで走り回った。

 西村はそんな二人を見ながら、一緒になって笑っていた。


(西村さん、本当にすごい人です……こんな何もない場所で、みぞれちゃんもしずくちゃんも、すごく楽しんでますです……

 小さな子供さんと遊ぶのに、何か特別なものがいるんじゃない、好奇心を満たしてあげることで、十分楽しませてあげることが出来るんです……それを西村さんは知ってますです。本当、不思議な人です……)


 隣で二人に声をかける西村を見て、あおいが微笑んだ。


「どうかしたかの、あおいちゃんや」


「西村さんはこんなに二人に好かれて、それに二人が喜ぶことを知ってますです。西村さんはすごいです」


「ほっほっほ。わしはただ、自分が楽しんでいるだけじゃよ」


 そう言って、西村があおいの尻を撫でた。


「ひゃんっ!」


 あおいがその場で身をよじらせる。


「駄目ですよ西村さん。みぞれちゃんとしずくちゃんの教育に悪いです」


「ほっほっほ、失敬失敬。触りがいのあるいいお尻があったもんでな、つい手が動いてしもうたんじゃよ」


「ふふっ、でも本当、西村さんは不思議な人です」


 そう言って笑うあおいを見て、西村が照れくさそうに頭をかいた。


 その時だった。


 押し入れを開けて中で騒いでいたしずくが、上の段によじ登ろうとして、そのままバランスを崩して落ちそうになった。


「しずくちゃん!」


「しもうたわいっ!」


 言葉と同時に西村が押し入れに走り、落ちるしずくを何とか受け止めることが出来た。


「……よかったです……西村さん、ありがとうございましたです」


 ほっとした表情を見せるあおいだったが、そのあおいの前で、西村が膝から崩れていった。


「西村さん……西村さん、西村さん!」


 あおいの声が二階に響いた。

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