第38話 思い出の歌


「ねえ、ばあちゃん。なんで父さんと母さんは死んじゃったの?なんで僕を置いていったの?」


「ナオちゃん……」


「僕がわがまま言ったから?先にじいちゃんとばあちゃんの所に行きたいって言ったから?だから父さんと母さん、怒ったの?」


「そうじゃない、そうじゃないよ、ナオちゃん……」


「……僕が悪いの?僕が父さんと母さん、殺しちゃったの?」





「……」


 静かに目を開ける。


 まだ体は熱かった。口の中も乾いている。全身に汗がまとわりついて気持ち悪かった。


 だから、思い出したくない過去を蘇らせてしまったのだ。

 そう思い苦笑した。


「ん……」


 傍らに人の気配がした。ゆっくり首を傾けると、額からタオルが落ちた。


「ごめんなさい、起こしちゃったかしら」


 つぐみだった。月明かりの差す部屋の中、つぐみは枕元に座り、自分の顔を覗き込んでいた。


「……つぐみ……ずっといてくれてたのか」


「ずっとって訳じゃないわよ」


「ははっ」


 つぐみの答えは、ずっと傍にいたと言ってるようなものだった。


「悪いな、こんな時間まで……今、何時だ?」


「全くよ。私をこんな時間まで付き添わせるなんて、後で高くつくから覚悟しなさいよ」


「だな」


「今は夜中の3時半。どう?少し楽になった?」


「どうかな……まだちょっと、息も熱いし……」


 つぐみが額に手をやる。ひんやりとしていて気持ちよかった。


「まだ下がってないわね。お水飲む?」


「ああ、頼む。口の中が乾いて気持ち悪いんだ」


「起きれる?」


「ああ……大丈夫だ」


 つぐみの手を借り、ゆっくりと上半身を起こす。


「はい、スポーツドリンク。ゆっくり飲んでね」


「ああ」


 一口飲むと、体に染みこんでいくような感覚がした。体が求めている。そう思うと止まらなくなり、あっという間に飲み干した。


「ふうっ……少し楽になったよ」


「よかった。その様子だと、あと一日も寝てれば大丈夫ね」


「そうだな。早く良くならないと、みんなにもっと迷惑かけちまう」


「……迷惑とか、そういうのじゃないわよ。ほんと、直希っていつもそう。自分のことは後回し、人のため、人のためって」


「悪かったよ。弱ってるんだから、そんなに責めるなって」


「責めたくもなるわよ……馬鹿」


「ごめん、悪かった」


「ほんとに分かってる?あおいたちだけじゃなくて、栄太郎おじさんも文江おばさんも、心配してたんだからね」


「……悪いことしたな」


「いい年した大人が、自分の祖父母に心配かけてどうするのよ。文江おばさんなんて、泣いてたんだからね。私の手を握って、どうか孫をよろしくお願いしますって……なんで私が、文江おばさんに頭を下げられなくちゃいけないのよ」


「だな……言い返せないよ」


「当たり前よ。言い返してたらその頬、張ってたわよ」


「……なあつぐみ」


「何?」


「つぐみに言われるまでもないよ。あおいちゃんや菜乃花ちゃんにも心配かけて、それに叱られた」


「当然ね。健康管理も満足に出来ない管理人なんて、私がオーナーならクビにしてたわよ」


「でも俺、なんて言うのかな……人に頼むより、自分が動いた方が楽っていうか」


「典型的な駄目駄目上司よ、それ」


「それをあおいちゃんにも言われたよ。でも今回俺がこうなったことで、あおいちゃんや菜乃花ちゃんにとっては、成長するいいきっかけになったって思ったんだ」


「まあ……そうね。こんな形でって言うのが嫌だけど。でもね、あの二人。直希が思ってる以上に頼もしいわよ」


「そうだな。そう思ったよ」


「特にあおいには驚かされたわ。あの子がいなかったら、どうなってたか分からないんだから」


「ああ。あの子、俺たちが思ってる以上に、しっかりしてるのかもしれないな」


「私も、その……そう思ったわ。あの子には感謝してる」


「そっか……俺たちも何だかんだ言って、まだまだ子供なのかもな」


「あなたよりはましよ。直希はほんと、いつまでたっても思考が子供なんだから」


「違いない、ははっ」


「ふふっ」


「もう一日休ませてもらって、少し考えてみるよ。その……色々なことを」


「そうね、そうして頂戴。人間なんだから、こうなってしまう時もある。でも今回は、明らかに直希のせいなんだから。そのことをしっかり反省してよね」


「ああ」


「どう?眠れそう?」


「水分摂ったら落ち着いたよ。それに……お前と話せて、ちょっとすっきりしたかもしれない」


「なっ……ば、馬鹿なこと言ってないで。ほら、ちゃんと布団かぶりなさいよ」


 そう言って掛け布団を肩までかけると、直希が笑った。


「何?」


「あ、いや……つぐみは部屋に戻らないのかなって」


「直希が寝たらね。それまでいてあげるから」


「俺は子供か」


「ふふっ……でも病気の時って、心細いでしょ?心配しなくていいわよ。何なら手、つないであげましょうか?」


「ははっ、勘弁してくれ……あ、そうだ。じゃあ一つだけ頼んでもいいか?」


「何かしら。聞いてから答えるわ」


「あれ……歌ってくれないか。子守歌代わりに」


「ば……馬鹿、いきなり何言ってるのよ。調子に乗り過ぎ」


「頼むよ。お前のあの歌、聞いてたらほっとするんだ。そうしたら多分、もうあの夢は……」


「……直希?」


「あ、いや、何でもない。きっといい夢が見れると思うんだ」


「……しょうがないわね……特別よ。元気になったら、ちゃんとお返ししてよね」


「分かったよ」


「じゃ……じゃあ歌うから……恥ずかしいからほら、目をつぶってよ」


「ああ。おやすみ」


「おやすみなさい、直希」


 直希の頭を優しく撫で、少し頬を赤らめたつぐみが静かに歌い出した。




 映画「小さな恋のメロディ」で流れていた歌。

 子供の頃、二人で観た映画。


 歌詞も分からなかったが、メロディを口ずさんでいると直希が喜び、それが嬉しくて何度も何度も歌った。

 中学に入り、英語の歌詞を見ながら練習した歌。


 波の音に重なり、静かな部屋の中で、つぐみの優しい歌声が響いていた。





「えーっと、みなさん、この度は色々とご迷惑をおかけしました。お陰様で今日から、こうして現場復帰出来ることになりました。これからもどうか、よろしくお願いします」


 朝食の準備が整い、朝のミーティングが行われていた。


 あおい、つぐみ、菜乃花が見守る中、照れくさそうに笑いながら、直希が話を続けた。


「今回、自分がいかにいい加減だったか思い知らされました。それと、無力だってこともです。これからはその……もう少しみんなのこと、頼っていこうと思ってます。と言うか、本当にすいませんでした」


「あ、その……直希さん、頭をあげてください……そんなことされたら、その、私たち……」


「いいのよ菜乃花。直希にはこれぐらい反省してもらわないと」


「でもでも直希さん、本当によくなってよかったです」


「あおいちゃんにも本当、心配かけたね。ごめんね」


 そう言ってあおいの顔を見た時、直希の中にあの夜のことが思い出され、赤面して言葉を詰まらせた。


「……直希さん?どうかしましたですか。ひょっとして、まだ体調、戻ってないですか」


 そう言ってあおいが直希の顔を覗き込む。あおいの吐息が顔にかかり、直希は慌てて後ろにさがった。


「大丈夫大丈夫、何でもないよ、もう元気いっぱいだから」


「そうですか、ならよかったです」


 そう言って笑うあおいの顔に、また直希の顔が赤くなった。


「……直希?」


「直希……さん?」


「じゃ、じゃあそろそろ朝食の時間だね。今日もみなさん、よろしくお願いします」


 そう直希が言った時、玄関にみぞれとしずくが入ってきた。


「パパー、おはよー」

「パパー、おはよー」


「みぞれちゃんしずくちゃん?どうしたの、こんな朝早くから。ママは?」


「あっちー」

「あっちー」


 二人が指を差すと、明日香が後から慌てて中に入ってきた。


「どうしたんですか明日香さん、そんな慌てて」


「ダ、ダーリン、お願い、一生のお願い。聞いて頂戴」


「落ち着いて落ち着いて。何があったのか言って貰わないと」


「し、しばらく二人を預かってほしいの。出来ればあたしも!」


「え……」


「ええええええええっ?」

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