第30話 二人の想い


「どう?ちょっとは慣れたかしら」


「あ……はい、大丈夫です。先週ぐらいまでは、次の日痛かったんですけど、最近はそうでもないです」


「そ、よかった。私も筋肉痛の呪いからは、脱出出来たみたいよ」


「でもこれって……どれくらい続けたらいいんでしょうか」


「個人差があるからね、何とも言えないわ。でも私たちの目標は来年の夏なんだから、まだ時間はたっぷりあるわよ」


「そう……ですよね、すいません、変なこと聞いちゃって」


「それにね、こうしてトレーニングの後、しっかり食べたほうがいいって本に書いてあったの。あおい荘で食べられないのは寂しいけど、でもこうして、菜乃花と一緒にトレーニングしてご飯食べるの、楽しいわ」


「あ、ありがとうございます、つぐみさん……私も、楽しいです」


 今日はラーメン屋に寄っていた。トレーニング後の食事も慣れて来たのか、二人共結構な量を食べていた。にんにく入りラーメンに焼き飯、そして餃子を一人前ずつ。今までの二人には考えられない量だった。


「菜乃花、あなた大丈夫?無理して私と同じ量、食べなくてもいいのよ」


「大丈夫です、あのその……私、最近なんだか食べる量が増えてるみたいで……」


「そうなんだ。ひょっとしたら、ちょっと遅れてやってきた成長期なのかもね」


「だったら……嬉しいんですけど……出来たらその、身長ももう少しほしいなって」


「そうなの?背の高い女子から怒られそうな意見ね」


「そう……なんですか。私はその……もう少し身長、ほしいです」


「ちっちゃくて可愛くて……私たちにとったら夢のような容姿なのにね」


「そんな……私、可愛くなんてないです」


「呆れた、自覚なかったの?」


「自覚……というか、確かにその……そう言われることもありますけど、でもその……あんまり嬉しくないっていうか」


「そうなの?羨ましい限りなのに。私なんて、そんな風に言ってもらったこと、一度だって……あ、いえ、一度ぐらい……かな、言われたの」


「そう……なんですか」


「ええ、そう。どっちかって言ったら、しっかりしてるわね、とか、きっちりしてるね、とか」


 そう言って水を飲み、テーブルとグラスの底をハンドタオルで拭く。


「そうなんですね……でも私、一度でいいからその……大人として褒めてほしいなって」


「みんな、ない物ねだりなのよね、結局の所。あおいなんてね、胸のことを言ったら何て言ったと思う?『胸が大きいのは、肩が凝って大変なんです』ですって」


「ふふっ、つぐみさん、あおいさんの真似、うまいですね」


「でもまあ、確かにそうなのかもって思ったわ。ずっと肩が凝ってるのって、辛いわよね」


「それは……そうですけど」


「でもね、それはあの立派な胸を持ってる代償なの。そう思えば、少々の肩凝りぐらい、我慢しなさいって思っちゃうのよ」


「つぐみさん、落ち着いて」


「……ま、まあ、それでも肩凝りが辛いのは分かるから、たまに揉んであげてるんだけど」


「そう……なんですか」


「ええ。触ったら確かに、カッチカチだった。だからね、この子も大変なんだなって思ったの。菜乃花の今の話もそう、大人の女として見てほしいってことも、分かる気がする」


「私……気になる人がいるから、特にそうなの……かも」


「直希よね」


「え?え?ど、どうしてですか、つぐみさん」


「あなたね……気づかれてないと思ってたの?そんなの、あおい以外みんな知ってるわよ。お父さんだって知ってるのに」


「ええええええっ?先生まで」


「それぐらい分かりやすいのよ、菜乃花は。まあでも、直希のことが気になるってのも、菜乃花らしいかなって思うわ」


「……そう……ですか?」


「ええ。直希ってば、特別格好いい訳でもないし、何が得意って訳でもない。パッと見た感じ、どこにでもいる普通の男でしょ。菜乃花が気になりそうじゃない」


「……それって、褒められてますか」


「褒めてるわよ、勿論。だって菜乃花、イケメンとかに興味ないでしょ」


「はい……特には」


「それがどういうことか分かる?」


「……」


「菜乃花はね、見た目とかに惑わされない人なの。それよりもその人の内面、考え方や生き方に共鳴して、意識するってことなの」


「……」


「だからそんな菜乃花には、直希を意識する理由はいっぱいあると思う。献身的なところとか、自分を顧みないところとか、損得で動かないところとか、女を従属させる気がないところとか」


「……最後の、ちょっとひどくないですか」


「ほとんどの男は、女のことをそう思ってるんじゃない?平等だって思っていても、ここ一番って時になると、どうしても女を下に見てしまう。まあ、本能だったり教育だったり、色々あるんだろうけど」


「そう……なのかな……」


「少なくとも私はそう思ってる。でも、別にそのことを悪いことだとも思ってない。私は自分が認めた男なら、そう思ってくれても構わない。私に認めさせるのは、簡単じゃないけどね」


「直希さんの……こと、ですよね」


「え……な、なに言ってるのよ、違うわよ菜乃花。今のは例え話だから。それに私は、直希のことなんて」


「つぐみさんって……本当に、素直じゃないんですね」


「もぉ、何よ菜乃花まで、みんなみたいなこと言って。私はいつも素直だし、自分の気持ちに正直よ」


「直希さんの……前でも、ですか?」


「……今日の菜乃花、ちょっと意地悪」


「ふふっ、ごめんなさい」


「直希は……幼馴染なだけよ。それに直希は、私のことなんて」


「……つぐみさん?」


「……はい、この話はここまで。早く食べてしまわないと、麺が伸びちゃうわよ。それに早く戻らないと、お風呂に入れなくなっちゃう」


「そう……ですね。食べちゃいましょう」




 赤くなりながら麺を口に運ぶつぐみを見て、彼女には、自分にはない直希との思い出がたくさんあるんだ、そう感じ、少し羨ましく思った。


 自分の恋はまだ始まったばかり。今は言葉に出来ないが、心の中で大切に育てて、いつかその想いを伝えたい……そう思うのだった。

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