第29話 同盟
6時になり、食堂は賑わっていた。
いつもの様に菜乃花は小山の席で、料理を小さく刻んでいく。それを小山がスプーンですくい、食べる。
「むぐむぐ……むぐむぐ……」
「はーい、あおいちゃん。おかわり置いておくね」
「はいです……むぐむぐ……ありがとうございますです……むぐむぐ……」
「相変わらず……だね、あおいくんは」
あおいの隣に座る生田が、料理を頬張るあおいを見て笑っていた。
「あおいくんは……食べてる時が、一番幸せそうだね」
「はいです、むぐむぐ……これ以上の幸せはありませんです、むぐむぐ……」
「こんなにおいしそうに食べてもらえると、作った甲斐がありますよ」
「……そう……だね」
「むぐむぐ……それに……むぐむぐ……直希さんの料理は本当……むぐむぐ……おいしいですから」
「お褒めいただき恐縮です、お嬢様」
「はいです……むぐむぐ……」
「ははっ、聞いちゃいないな」
「ただいま」
「あ……つぐみさん、おかえりなさい……その、お疲れ様でした」
「ありがとう菜乃花。ちょっと遅くなっちゃったわね。どう?今から行ける?」
「あ、はい……大丈夫です。でもその……もうちょっとだけ」
「菜乃花、行っておいで」
「でも……おばあちゃん、まだ食べてるし」
「いいよ、菜乃花ちゃん。俺が引き継ぐから大丈夫」
「直希さん……その、いいんでしょうか」
「大丈夫だって。それにほら、早くしないと時間、なくなっちゃうよ」
「あ、本当だ……じゃあおばあちゃん、ごめんね」
「うふふふっ、頑張ってね」
「もぉ~、おばあちゃんってば……それじゃあ直希さん、あとお願いします」
「いってらっしゃい。ご飯はいいんだよな、つぐみ」
「ええ、帰りに菜乃花と食べて来るから。それじゃ菜乃花、いきましょう」
「あ、はい……」
車に乗り込んだ二人は、15分ほどかけて市街へと向かった。
目的地はスポーツジム。つぐみの誘いで週に二回、菜乃花もここに通っていたのだ。
「どうしたんですかつぐみさん、こんな時間に」
「しーっ、声を落として。直希たちに聞かれたくないから」
深夜つぐみに呼び出された菜乃花。場所は庭の菜園の辺りだった。
「あのね、菜乃花……実は私、スポーツジムに通おうと思ってるの」
「スポーツジム、ですか」
「ええ。最近オープンしたんだけど、今ならオープン記念で入会金が無料なの」
「そう……なんですね。でも、どうして急に?それに、こんなところでヒソヒソと」
「……私ね、分かったことがあるのよ」
「分かった……こと?」
「そしてこれは、同じ悩みを持つ菜乃花にだけ、教えようと思ったの」
「あのその……つぐみさん、話がよく分からないんですけど」
「菜乃花、単刀直入に聞くわよ。あなた、胸は何カップ?」
「え……えええええええっ?な、なんですか急に」
「しーっ!だから声を落としなさいって」
「ご、ごめんなさい……でも、胸のサイズなんて、その……」
「ちなみに、私はBよ」
「え?つぐみさん、Bだったんですか?」
「な、何よ、そんな驚かなくてもいいでしょ。まあね、確かにブラはAにしてあげてるんだけど、それは私が……少しきつめの方が好きだからなの。サイズ的には限りなくBに近いAって言うか……だからB、Bなの」
「そ……そうなんですね、限りなくBに近い……Aなんですね」
「それで?菜乃花はどうなの」
「私は……その……A……です」
「そ、そうなのね……よかった」
「何か言いました?」
「何でもないわ、こっちの話……あのね、この前私、試しにあおいのブラをつけてみたの」
「それはその……思い切ったことを……」
「……あれは人間じゃないわ。あんな肉の塊が胸についてるなんて、生物学的にありえないんだから」
「そ、そうなんですか……生物学……」
「授乳の時でも必要ないぐらい無駄に大きかったの。全く何よ、同じ女だって言うのに、どうしてこんなに違うってのよ」
「あ、あのその……つぐみさん、落ち着いて」
「……ごめんなさい。そうね、ちょっと熱くなったわ。でもね、そんな無駄な肉の塊を、世の男どもは重宝するの。それがまるで、女の魅力の全てだと言わんばかりにね」
「直希さんは……そんなことないと思いますけど」
「なっ……ど、どうして直希の話になるのよ。私は直希の話なんて、一言もしてないでしょ」
「あ、はい……ごめんなさい」
「勿論直希は、そんなことで女の魅力を量ったりしないんだけどね。それでもね、ないよりある方が、いいと思わない?」
「それは勿論です。私だって、出来るものなら、もう少しほしいなって……この前の海でも、すごくみじめな気持ちになっちゃったし……」
「だからよ。私、ひらめいたの。胸って要するに、大胸筋のことでしょ?だったらジムに通って、そこを集中的に鍛えれば、胸も大きくなると思うのよ」
「……そうなんだ、大胸筋……確かに男の人でも、鍛えたら胸板が厚くなってますよね」
「でしょ?だから菜乃花を誘ったのよ。どうかしら、私と一緒に胸、鍛えてみない?」
「いい……いいですね、やりましょうつぐみさん!二人で立派な胸、育てましょう」
「来年の夏は、私たち二人が主役よ」
「はい、直希さんも、きっと喜んでくれます」
「だ……だから直希は関係ないんだって。あくまで私たちが、女を磨く為に努力するの。見てなさいあおい、それに明日香さんも。来年は私たち二人が、あなたたちを見降ろしてあげるんだから。ふふふふっ」
「つぐみさん、ちょっと目が怖いよ……」
ジムでは二人共、ベンチプレスを独占していた。
いつもインストラクターの指定する回数を超えて、黙々とバーベルを上げている。
やりすぎると筋肉が痛んでしまうと言われるのだが、つぐみは聞く耳を持たなかった。
私が求めているのは筋肉じゃない、胸のサイズなんだ。だからこの人たちの言ってることは私には該当しない。人体については私の方がよく分かってる、素人は口を挟まないで。
そう思いながら、脳裏にあおいと明日香の胸を思い浮かべて励んでいた。
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