第25話 答え


 兼吾と祥子を見下ろし、生田が大きくため息をついた。


「兼吾、それに祥子」


「……」


 兼吾は頭を抱え、祥子は涙で濡れる瞳を見開き、生田の言葉を聞く。


「お前たちにとって、わしがお荷物だということは分かってる。しかしお前たちは、わしが持っている遺産が目当てで、仕方なくわしにすり寄ってきた。そんな風に育ててしまったのはわしだ」


「そ、そんなことないですわよ、お義父さん」


「あんたは黙っててくれ!」


「ひいいいいいっ!」


「あんたと一緒になって、兼吾はますます駄目になった。しかしあんたを選んだのは兼吾だ。どうこう言うつもりはない。だが今、わしは子供と話をしている。あんたにしゃしゃり出る資格はない!」


「は……はい……」


「兼吾、祥子。わしは言ったはずだ。人生は自分の力で切り開けと。勿論、お前たちはわしの大切な子供だ、困っていたら手も差し伸べてやる。だが、親の遺産を当てにして人生計画を立てるなど、お前たちはどこまで腐ってしまったんだ」


「……」


「それでもわしには、可愛い孫もいる。兼太の未来は、明るい未来であってほしい。その為なら、わしはお前たちのその汚れた気持ちにも従おうと思っていた」


「じいちゃん……」


「しかしお前たちは、このあおい荘のみなさんのことまで侮辱した。お前たちが見捨てたわしを、あおい荘のみなさんは大切に見守ってくれる。わしにとっては、みなさんこそが大切な家族なんだ」


「生田さん……」


「スタッフのみなさんは、こんなわしの為に泣いてくれた。行かないでほしいと言ってくれた。だから……わしは、ここを離れない。ここがわしの家だ」


「……」


「兼吾、それに祥子。お前たちは家に戻り、もう一度よく考えなさい。自分の生き方は間違ってないのか。もう立派な大人なんだ、それぐらい出来るはずだ。

 特に兼吾、お前は一人で考えるんだ。人の意見にすり寄らず、逃げずに、責任を全て自分が背負う覚悟で考えるんだ。それがわしからの、お前への最後の助言だ」


「父さん……」


「わしの遺産については、その後で考えることにする。言っておくが、これはわしの物であって、お前たちの物じゃない。そんなものを当てにして生きるなど言語道断だ。そんな気持ちで入った金が、お前たちにとっていいことになるとは思えない。いつまでもそんな考えにとらわれているのなら、わしはこの金を全て手放してから死ぬことにする」


「生田さん!」


 あおいが生田の腕にしがみついた。


「それじゃあ生田さんは、これからもずっとここにいてくれますですか」


「……ああ。こんな偏屈者だが、よろしく頼むよ」


「はいです!よかったですね、直希さん」


「そうだね。生田さん、おかえりなさい」


「……ああ」


「生田さん……よかった……」


「おいおいつぐみ、何も泣かなくても」


「うるさいわね、ちょっとほっとしただけよ」


「はいはい」


 直希が笑いながら、つぐみの涙を指で拭った。


「生田さん、あのその……私も嬉しいです」


「……ああ、菜乃花くんにも迷惑をかけたね。ありがとう」


「いえ、そんな……嬉しいです」


「あ、そうですそうです。生田さん、菜乃花さんのことは菜乃花くんって呼びますですね」


「それが……どうかしたかな」


「つぐみさんのことも、つぐみくんって呼んでますです。なのに私だけ、どうして風見くんなんですか」


「いや……つぐみくんは東海林先生の娘さんで、菜乃花くんにも小山さんがいるからね」


「でもでもです。私だけ苗字だと、のけ者みたいで悲しいです。どうかこれからは、私のことも名前で呼んでほしいです」


「いや、それは……」


「お願いしますです、生田さん」


「……分かった、あおいくん……でいいかな」


「はいです!これであおい荘のみなさん、私のことを名前で呼んでくれましたです」


「よかったな、あおいちゃん」


「はいです!」


「兼吾、祥子……そういうことだ。今日はこれで帰りなさい。昼から来る予定の引っ越し屋は、わしの方で断っておく。それと仁美さんも……大声を出してすまなかったね。気をつけて帰りなさい」


「わ……分かりました!あなた、帰るわよ!」


「あ、ああ……」


「じゃ、じゃあ父さん、私も帰るわね」


「ああ、気をつけてな」


 兼吾たちが玄関を出て車に向かう。しかし孫の兼太が、再び戻ってきた。


「じいちゃん」


「……どうした、兼太」


「なんかその……色々ごめん。母ちゃんが変なこと言って」


「お前が気にすることじゃない。どうだ、学校は楽しいか」


「うん、毎日楽しいよ」


「そうか……学生生活は、これからの兼太の人生を豊かにする為にあるんだ。勉強も勿論だが、友達といい思い出を作るんだぞ」


「ありがとう、じいちゃん」


「大学も、好きな所に行くがいい。お前の為だ、金に困るようなら言ってきなさい。それぐらいのことは、わしが応援してやる」


「ははっ、じいちゃん、さっきの話と矛盾してる。俺のことを思うんなら、まず何とか出来ないか考えろ、だろ?」


「……そうだな、確かにそうだ、ははっ」


「じいちゃんは何だかんだで、俺に甘いから。俺も、さっきのじいちゃんの意見に賛成だよ。だから、自分で考えてみる。それでも無理だったら……その時はじいちゃんに甘えに来るかも、だけどね」


「いい答えだ。頑張りなさい」


「じゃあこれで。みなさん、お騒がせしてすいませんでした。じいちゃんのこと、これからもよろしくお願いします」


「分かりました。兼太くんも、頑張ってね」


「はい!では」


 そう言うと大きく頭を下げ、車へと向かった。


「わしは……子供の育て方を間違ってしまったかもしれない。だが……孫はいい子に育ってくれた」


「育てたのは兼吾さんですよ。それだけとっても、生田さんの子育て、間違ってなかったと思いますよ」


「……ありがとう、直希くん」


「生田さん!」


 抑えきれなくなったつぐみが、車が立ち去ると同時に生田に抱き着いた。


「……つぐみくんにも、迷惑かけたね」


「いいえ……よかったです、生田さん……これからもよろしくお願いします」


「……ああ、こちらこそ」


 栄太郎も文江も、山下も小山も笑顔でうなずいた。


「生田さんや……よかったよかった」


 鼻水をすすりながら、西村も生田に近付いてきた。


「ああ、西村さん。あんたにも……そうだ、この餞別だが……返した方がいいかな」


 先ほど西村から受け取った封筒を取り出した。


「ちなみにこれは……何だったのかな」


 そう言って封筒を開き、中の物を取り出す。


「あ……生田さん生田さん、ここで開けられては」


「……」


 中には数枚の写真が入っていた。それを見た生田は、大きくため息をついた。


「西村さん……同居人としてあまり言いたくないのだが……」


「あ、あははははははっ」


「西村さん、何をプレゼントしたの?」


 生田が首を振りながら、呆れた様子でプリントをつぐみに渡した。


「なっ……」




 それは、海でビーチバレーをしている、水着姿のあおい、つぐみ、明日香の写真だった。




「ちょっと何よこれは!西村さん!」


「なんですなんです……って、えええええっ?これ、私の写真ですか!」


「西村さん、これは一体、どういうことですかね」


 直希が腕を組んで西村に詰め寄る。西村は頭をかき、


「あはっ……あはははははっ……」


 そう笑うと、一目散に部屋へと走っていった。


「あ、こらっ!西村さん、ちょっと待ちなさい!」


「西村さん西村さん、廊下は走っちゃいけませんです!」


「ひええええええっ!」


 あおいとつぐみに追いかけられる西村を見て、直希も生田も、声をあげて笑った。


 こうして生田さんの退去問題は、無事解決したのだった。

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