第21話 スタッフ会議
「お邪魔しますです」
「……ああ」
あおいが掃除機を持って、生田の部屋に入ってきた。
「生田さん、あと三日ですがその……私、頑張りますので、よろしくお願いしますです」
あおいがそう言って、大袈裟に頭を下げた。生田は呆気にとられた顔をしたが、やがて苦笑した。
「ははっ……すまないね。変な気を使わせてしまって」
「いえいえ、とんでもないです。私、まだここにきて一か月ですが、生田さんにもいっぱいお世話になりましたです。ですからあと三日、しっかりお世話させていただきますです」
「本当に……不思議な人だね」
「私ですか?」
「ああ……こんな頑固な年寄り相手に、いつも全力でぶつかってくる。ありがたいことだ」
「そんなそんな。私、いつも姉様にも怒られてましたです。もう少し周りを見て、考えて動きなさいって」
「だが風見くんの行動には、相手に対する思いやりがある。それも、憐れんだり見下したりしない、本当の優しさでね。そしてそれは、私のような者に対しても変わらない。本当に不思議な人だ」
「……恥ずかしいです」
「そう……なのかね」
「はいです。私、いつもこんな感じですので、失敗ばかりしてきました。みんなにいっぱい迷惑をかけてきましたです。姉様や兄様は、あんなに立派な人なのに……私、本当は家を出たら生きていけない子供なんです。なのに私、家が嫌で出ていって……
そんな私を、直希さんが助けてくれました。そしてこんな素晴らしい場所を、私に与えてくれたです。ここは本当に楽しいところです。毎日が優しさに満ちていて、私が知らなかった幸せがたくさんありますです。だから私、みなさんにお返しがしたいんです」
「……そう思えるだけでも、君は人として素晴らしいと思うよ」
「そんなそんなです。私、失敗しかしてないです。お掃除だって、何度も生田さんの奥様のお写真、倒してしまって」
「……まだ気にしていたのか。すまなかったね、気が付かなくて」
「いえいえ、悪いのは私の方です」
「でも君は、めげずにまた挑戦する。笑顔を忘れず、懸命に目の前のことを成し遂げようとする。そんな君の姿は、みんなを笑顔にしている」
「そうでしょうか」
「……ああ、自信を持つといい」
「そう言われると私、もっともっと頑張りたくなりますです。ではお部屋のお掃除、いつもより頑張りますです!」
「すまなかったね、仕事中に話しかけてしまって」
「いえいえ、こうやってみなさんとお話しするのも、私の大切なお仕事だって直希さんが言ってましたです。それに私、こんなに生田さんとお話ししたのは初めてだったので、今すごく嬉しいです」
「……ありがとう」
そう言うと、生田は優しく微笑んだ。
夜。
直希の部屋に集まったあおい、つぐみ、菜乃花。
直希の部屋は箪笥が一つ置いてあるだけで、誰の部屋よりも広く感じられた。
丸テーブルを囲んだ四人は、生田をどう送っていくべきか話し合っていた。
「それでですね、私、考えたんですけど、その日は生田さんを直希さんに連れ出してもらって、その間にみんなで食堂に飾り付けをしたらいいと思うんです」
「それ、素敵ですね。やってみたいです」
「菜乃花さんにも、是非是非手伝ってほしいです」
「喜んで。それで、あの……お料理なんですけど、鍋パーティなんてどうかなって思って」
「お鍋ですか、いいですね。何だかお腹、空いてきたみたいです」
「あおいさんったら、ふふっ……生田さん、鍋の時はいつもより多く食べてたように思うんです。きっと気にいってもらえると思います」
「どうですか、直希さんつぐみさん」
「……」
「直希……さん?つぐみさん?」
「あのその……どうしたんですか、お二人共……」
「ん?あ、ああごめんごめん。ちょっとぼーっとしてた」
「直希さん、ちょっと変な感じです。いつもならこういうお話の時、色々考えてくれてますです」
「つぐみさんも……どうかしたんですか?」
「ごめんなさい、私もちょっと考え事を」
「つぐみさん、直希さん……あのその……何か私たちに言ってないこととか、ありますよね、きっと……」
「え?そうなんですか直希さん」
「あ、いや……ごめん、大丈夫だよ」
「直希さん……」
「直希、やっぱり二人にはちゃんと話さない?二人もあおい荘のスタッフなんだし、それに……仲間なんだから」
「直希……さん……」
「……分かった。そうだよな、あおいちゃんも菜乃花ちゃんも、大切な仲間なんだ。隠し事はよくないよな」
「あおい、菜乃花。今から言うことは、ここだけの話。絶対他の人には言わないでほしいの。いい?」
「は、はいです」
「菜乃花も、小山さんに言わないでくれる?」
「……はい、内緒にします」
「あのね、生田さんのことなんだけど、ここにいてもらうように説得出来ないか、直希と考えてるの」
「え?」
「あおいちゃん菜乃花ちゃん。生田さんね、子供さんたちと余りうまくいってないんだ。特に今回引き取ってくれる、長男さん……と言うか、長男さんの奥さんと」
「そう……なんですか?」
「ええ。私も生田さんには、子供の頃からお世話になってるから、その辺の事情は知ってるの。生田さん、あなたたちも知ってる通り、無口だし少し近寄りがたいでしょ」
「はいです。確かに私、生田さんとちゃんとお話し出来るようになるのに、時間はかかったと思いますです」
「私も……ちょっと怖いって言うか……でも、その」
「そうです。でも、です。生田さんは、こちらが頑張っていれば、それに答えてくれる優しい人です。最近は私も、お部屋に伺ったらいつも『ありがとう』って言ってもらえるようになりましたです」
「私……私もです。この前、庭で花にお水をあげてたら、『ありがとう。おかげでいつも、綺麗な花を楽しませてもらってる』って声をかけてくれたんです。私その、あの時嬉しくて、泣きそうになったんです」
「……そうだね、二人の言う通りだ。確かに気難しい所もあるけど、実はとても優しい人なんだ。俺も子供の頃から知ってるんだけど、街でイベントがある時なんか、よく役員になって頑張ってくれてたんだよ」
「そうなのよね。近寄りがたいって言うのは最初だけで、じっくり付き合っていけば、真面目で優しいおじいさんなのよ。直希なんか、よく将棋を指したり、時代劇を一緒に観てるんだから」
「生田さん、時代劇がお好きなんですか」
「うん。それもかなり古いやつ。白黒ばっかだけどね」
「そうなんですか、私、知りませんでしたです。ご一緒したかったです」
「だけどね、そんな生田さんのこと、長男の奥さんは最初から苦手だったみたいなの。だから結婚した時も、同居だけは絶対嫌だって言ってたみたい」
そう言って、つぐみがまたため息をついた。
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