第15話 バーベキューで乾杯


「いや~、遊んだ遊んだ」


 あおい荘への帰り道。明日香はビールを片手に上機嫌だった。


「結局勝負、つかなかったね」


「まあ……つぐみに勝負事を持ち込んだ時点で、こうなることは分かってたけどな」


「あはははははっ、そうだね。つぐみんったら、負けるたんびに『ルールは決めてないんだから、参ったって言うまで終わらないわよ』なーんて言うんだもん」


「な……何よ、間違ったことは言ってないでしょ」


「いやいやおかしいって。単にお前が、負けず嫌いなだけじゃないか」


「結局あの後、ずっとビーチバレーでしたです」


「何よ、あおいまで」


「あ……でもつぐみさん。私、楽しかったですよ」


「……ありがと、菜乃花」


「さあ戻って来たぞ。みんなまず、お風呂で体、洗っておいで。その間にバーベキューの用意、しておくから」


「直希さん、私も手伝いますです」


「まーたまたダーリンってば、そんなしらけるようなこと言って。みんなで仲良く入ろうよー」


「なっ……」


「え……」


「あはははははははっ、何よつぐみん、なのっちも。赤くなっちゃって」


「な、何言ってるのよ!そんなの許さないんだから!」


「なんで俺を睨むんだよ。冤罪だ冤罪」


「直希さん、私が背中、洗ってあげますです」


「あおいも何馬鹿なこと言ってるのよ。ほら、さっさと行くわよ」


「ええー、ダーリンはほんとに入らないのー?」


「あんまりからかわないでくださいって。ほら、菜乃花ちゃんなんか真っ赤になってるじゃないですか。菜乃花ちゃんも、シャワー浴びてさっぱりしておいで」


「はい……すいません、ではお先にいただきます」


「あおいちゃんも、入っておいで。上がってくる頃には用意、出来てるからね」


「分かりましたです。でも直希さん、本当にいいんですか?」


「いいよ。それよりほら、早くしないとお肉、なくなっちゃうよ」


「それは困りますです!すぐ入ってきますです!」


 そう言うと、菜乃花の手を取って風呂場へと走っていった。


「つぐみも行っておいで」


「分かったわ。悪いけど用意、お願いね」


「ああ、任せとけ」


「それと……西村のおじいさん、ちゃんと見ておいてね」


「ああ。覗きに行かないよう、山下さん小山さんに見張ってもらうから」


「さ、明日香さんも。それからみぞれちゃん、しずくちゃんも。お風呂できれいきれいしましょうね」


「はーい」

「はーい」





 夜。あおい荘は賑わっていた。


 直希が肉を焼いていき、つぐみと菜乃花が入居者たちにふるまっていく。


「野菜も焼いてますから、バランスよく食べてくださいね。あと、肉が硬いって人は言ってくださいね。焼き具合、変えますんで」


「むぐむぐ……むぐむぐ……」


「ほらあおい、食べてばっかりいないで、あなたも手伝いなさい」


「つぐみ、食べる時はあおいちゃん、入居者さんと同じ扱いでいいから」


「そんなこと言っても……分かったわ、直希がそう言うなら」


「ありがと。ほら、お前も飲めよ」


 そう言って直希が、つぐみにビールを渡す。


「ありがとう。みぞれちゃんもしずくちゃんも、おいしい?」


「おいしー」

「おいしー」


「そ、よかった。で、明日香さん。なんで一番くつろいでるんですか」


「えー、いいじゃんいいじゃん。私だって今日、遊びすぎて疲れてるんだからー」


「そうだけどそのビール……どれだけ飲んでるのよ。ちゃんと家に帰れるの?」


「ああつぐみ、言ってなかったな。明日香さんたち、今日はうちに泊まることになってるんだ」


「そうなの?」


「ああ。バーベキューでお酒飲めないなんて、明日香さんからしたら死刑宣告みたいなもんだからな」


「相変わらずね、よく気が付くこと」


「と言う訳だから、明日香さんも今日はお客さんってことで」


「……ほんとにもう、お人よしなんだから。直希、まだ一口も食べてないでしょ」


「え?ああ、俺なら大丈夫。つぐみこそ、しっかり食べろよ。ほら」


 肉を一切れ箸でつまむと、つぐみの口元に持っていった。


「ちょ、ちょっと直希」


「お前の好きな焼き加減にしてあるから。ほら、あーん」


「あ……あーん……」


「うまいだろ?」


「う、うん。おいしい……」


「肉はたっぷりあるからな、好きなだけ食べていいぞ」


 直希の笑顔に、つぐみは頬を染めて小さくうなずいた。


「あのその……な、直希さん」


「菜乃花ちゃん、どうかした?」


 直希の横に陣取った菜乃花が、小皿から肉をつまんで直希に向けた。


「今日もお疲れ様でした……はい、あーん」


「あーん」


「どうです?おいしいですか?」


「うん。ありがとう、菜乃花ちゃん」


「は、はいっ!」


 菜乃花が嬉しそうにうなずき、祖母の元へと走っていった。


「じいちゃんばあちゃんは?ちゃんと食べてる?」


「ああ、もう満腹だ」


「もう?早すぎない?」


「うふふふっ、ナオちゃん、私たちのことはいいからね、あんたもちゃんとお食べ」


「ありがとう……って西村さん!」


「んん?な、なんじゃナオ坊」


「なんじゃじゃないですって。なんであおいちゃんに引っ付いてるんですか」


「ほっほっほ、考え過ぎじゃて。わしはただ、あおいちゃんが余りにうまそうに食べてるもんじゃからな、近くで見たくなっただけなんじゃよ」


「そんな訳ないよね、その手は何?」


「ん?おおっ、これはこれは。無意識に背中、触っておったわ」


「無意識にって……こんな所でセクハラしないでくださいって」


「な、なんのことやら」


「西村さん」


「な、なんじゃな、つぐみちゃん」


「ちょーっとこっちに来ましょうか、うふふふっ」


「な、なんじゃ、そんな怖い顔して。べっぴんさんが台無しじゃぞ」


「なっ……べ、べっぴんさんなんて言わないでください!」


「なんじゃ?べっぴんさんにべっぴんさんって言っちゃいかんのか?」


 つぐみの反応に、西村が少し首をかしげた。


「もう……いいから、こっちで食べてください」


「二人共厳しいのぉ」


「ほら、こっちに座って。生田さん、このスケベさん、面倒見てもらえるかしら」


「……分かった」


「お願いします。しっかり見張っててくださいね」


「……ああ」


 つぐみが生田に頭を下げ、


「全く……」


 そうつぶやきながら、肉を頬張った。


「うん、おいしい」


「あらあら。さっき直希ちゃんがくれたお肉と、どっちがおいしい?」


 そうつぐみに声をかけたのは、貴婦人山下だった。


「なっ……もう山下さん、変なこと言わないでください」


「うふふふっ、正直な反応で、おばさん嬉しいわ」


「そ、それより山下さんも、ちゃんと食べてます?なんならお肉、取ってきますけど」


「うふふふっ、ありがとう。でもいいのよ、私たちの年になるとね、ご馳走でもそんなに食べられないの。それよりあなたたちの方こそ、しっかり食べないと」


「ありがとうございます。遠慮なくいただいてますので」


「そう?あおいちゃんを見てたら、まだまだのようだけど」


「……あのモンスターと一緒にしないでください」


「うふふふっ、でもね、つぐみちゃん。やっぱりお肉、しっかり食べないと。じゃないとあおいちゃんみたいに」


「分かってます、分かってますって。海で嫌というほど思い知らされましたって」


「うふふふっ、頑張んなさいよ」


「おばあちゃん、欲しい物あったら取ってくるよ」


「ありがとう菜乃花。でもおばあちゃん、もうお腹いっぱいだよ。後は菜乃花が食べておくれ」


「そう?いつもより少なくない?」


「もう十分。みんなが食べてるのを見てたら、それだけでお腹、ふくれちゃったわ」


「分かった。じゃあ何か欲しくなったら言ってね」


「うふふふっ、それよりほら、ナオちゃんと頑張って」


「もうっ、おばあちゃんったら……」

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