第12話 直希とつぐみ


「つぐみ……ほら、つぐみ」


「やだ……やだナオちゃん、離れないで」


「離れないって。大丈夫、怖い人はもう、向こうに行ったよ」


「……本当?」


「うん。ほら、どこにもいないだろ?」


 直希の言葉に、つぐみが涙を拭きながら顔を上げた。


「ここにはもう、俺とつぐみしかいないよ。大丈夫、俺が退治したから」


「ナオちゃん……わああああっ!」


 そう言って、またつぐみが泣き出した。


 直希はつぐみの頭を優しく撫で、耳元で「大丈夫、大丈夫」と何度も囁いた。





 10分ほどして、ようやくつぐみが落ち着いたので、直希は手を取って部屋に向かった。


「はい、ここがつぐみの部屋だよ」


「……ナオちゃんは?」


「俺は一つ挟んで向こうの部屋。大丈夫、何かあったら飛んでくるから」


「やだ!ねえナオちゃんお願い、一緒に寝て」


「そう言われてもなぁ」


「お願いナオちゃん……ねえ、ねえってば」


 真っ赤な瞳で、つぐみが直希に哀願する。


「……分かった。じゃあつぐみが寝るまで、そばにいてあげるね」


「うん!ありがとう、ナオちゃん」


 そう言って、つぐみが嬉しそうに笑い、直希を抱き締めた。


「ナオちゃん……ナオちゃんは寝ないの?」


「ん?ああ、大丈夫だよ。ちゃんとここにいるから。俺はいつだってつぐみのこと、守ってあげるからね」


「ナオちゃん……その……ね、手……なんだけど……」


「いいよ、分かった。ほら、ちゃんと握ったよ。これでいい?」


「うん……ありがとうナオちゃん……大好き……」


「俺もつぐみのこと、大好きだよ」


 そう言って頭を撫でると、つぐみは嬉しそうに笑った。


 そして安心したのか、しばらくすると小さな寝息をたてて眠りについた。


「おやすみ、つぐみ……」


 もう一度頭を撫でると、直希は立ち上がり、部屋を後にした。





「あおい……あおい、あおいったら、起きて」


「う~ん……まだ眠いですぅ」


「寝ぼけてないで。あおい、起きなさいってば」


「う~ん」


 あおいが声の主に抱き着き、そのまま押し倒す。


「ちょっ……ちょっとあおい、あおいってば」


「うふふふっ……キス、しちゃうぞー」


「え……な、な、な……」


 あおいが何度も何度も頬にキスをする。しかしそのまどろみは、頭への衝撃と共に終わりを告げた。


「いいかげんにしなさい」


「え……あ、つぐみさん?どうしてここに」


「驚かれても困るわよ。起きた?」


「はいです……いたたたっ……」


「直希が言ってたのって、このことだったのね。先に聞いておいてよかったわ。

 いい?朝が弱いのは仕方がない。私が時間をかけて、しっかり治してあげる。でもね、寝起きにキスするのはやめなさい。あなた、直希にもこうしたのよね」


「は、はいです……ごめんなさいです」


「ほんとにもう……まあいいわ。さあ起きて、顔を洗いなさい。準備が出来たらバイタルチェックに向かうわよ」


「はいです……って、バイタルチェックですか」


「そうよ。体調管理が私の担当。あおいには当分、助手としてついてきてもらうから」


「そうなんですか」


「もう直希には話、通してあるから。さ、急いで急いで。直希は朝食の準備にかかってるわよ」


「は、はいです、分かりましたです」


 慌てて起き上がり、洗面台へと向かう。


「あーっ!そうです、思い出したです!」


「なっ……何よあおい、大声出して」


「つぐみさんつぐみさん!昨日はその、ごめんなさいでしたです!」


「……昨日って、何のこと?」


「だからその、夜中に私、つぐみさんを泣かせてしまって」


「何の話?私、昨日はずっと寝てたわよ」


「え?あのそのですね、夜中に食堂で」


「まだ寝ぼけてるの?さあ、顔洗ったら早く着替えて。行くわよ」


「は……はいです……」





「おはよう直希」


「ああ、おはようつぐみ。よく眠れたか?」


「そうね。引っ越し初日にしては、ぐっすり眠れたみたい。体調もいいわ」


「そっか、それはよかった。順応性、高いんだな」


「まあね。みなさんバイタルに問題はないわ。片づけが終わったら朝食の用意、手伝うから」


「ああ、助かるよ。あおいちゃんも、おはよう」


「あ、はいです、おはようございますです」


「じゃあ私、これ片付けて来るから」


 つぐみが部屋に戻るのを見届けると、あおいが直希の元へと走ってきた。


「直希さん直希さん」


「何?」


「あのその……つぐみさんなんですけど、昨日のこと、全然覚えてないみたいです」


「そうだね」


「そうだねって……当たり前みたいです」


「だから言ったろ?つぐみはね、怖いことがあると忘れるようになってるんだよ。まあ、子供の頃に戻ってしまうのがややこしいんだけど、それも慣れたら面白いよ」


「そうでした!昨日のつぐみさん、直希さんのことをナオちゃんって呼んでましたです」


「でもそのこと、つぐみには内緒にしといてあげて。あいつ、小さい頃を思い出すと恥ずかしいみたいで、あんまり問い詰めたら泣き出しちゃうから」


「そうなんですね……分かりましたです、絶対誰にも言いませんです」


「ありがとう」


「でもでも、昨日のつぐみさん、可愛かったです。子供の頃のつぐみさん、あんな感じだったんですね。次になったら私、一緒のお布団で寝てみたいです。そしてぎゅってしてあげたいです」


「私が何ですって?」


「ひえええっ!」


「何よあおい、人のこと、お化けみたいに」


「いえいえ、何でもないです何でもないです」


「まあいいわ、それより直希、私は何をしたらいい?」


「ああ、それじゃあ悪いけど、カーテンと窓開けてくれるか。今日もいい天気だ」


「分かったわ。ほらあおいも、一緒に手伝いなさい」


「は、はいです、分かりましたです」




 こうして今日も、あおい荘の一日が始まるのだった。

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