第10話 戦いの幕開け


「明日香さん、それから菜乃花ちゃんも。そういうことだから、二人がここに住むこと、いいかな?」


「ちょっと直希、二人の許可なんて」


「いいから。どうかな、二人共」


「直希さん、やっぱり私、ここを出た方が」


「ほら明日香さん、どうするの」


「……分かった、分かったからつぐみん、そんなにいじめないでって」


 そう言って明日香が立ち上がり、あおいを抱き締めた。


「ごめんね、意地悪な言い方しちゃって。よかったらこれから、私とも仲良くしてね」


「いえ、そんなそんなです。私こそ、みなさんのご迷惑に」


「それはもういいから。ね?」


 あおいの顔に頬ずりして、耳元で囁く。


「う~ん、みずみずしいお肌、お姉さん気にいっちゃったぞ。それにお胸もしっかり育ってるし、あたし好みだ。改めて、私は不知火明日香。何かあったらいつでも言ってね。お姉さん、頑張って飛んできちゃうから」


「いいんですか、不知火さん」


「明日香でいいよ。あたしもアオちゃんって呼ぶから」


「は……はいです、よろしくお願いしますです」


「私も……よろしくお願いします」


 そう言って、菜乃花がうつむきながら手を差し出した。


「小山鈴代の孫……です……おばあちゃんに会いによく来るので、よければその……仲良くしてください」


「はいです。菜乃花さん、よろしくお願いしますです」


 そう言って、菜乃花の手を取った。


「でもつぐみん、あんたのことは、しっかり監視するからね」


「ちょ、ちょっと何よ明日香さん、監視って」


「あんたには邪な何かを感じる。ダーリンに何かしたらお姉さん、お仕置きに来るからね」


「なっ……そ、そんなことしません!」


「あはははっ、ほんっとあんたってば、分かりやすいよね」


「それじゃあ明日香さん、よかったら晩御飯、一緒にどうかな。今から準備するところだし」


「え?いやいやいいよダーリン。そんな急にって言っても、準備とか大変でしょ」


「大丈夫大丈夫。みぞれちゃんしずくちゃん、二人もお腹、すいたよね」


「すいたー」

「ぺこぺこー」


「すぐ準備するから。それに明日香さんたちの分ぐらい、これからのことを思えば何てことないから」


「それってどういう」


「ご飯の時に分かるよ」





 晩御飯。


 あおい荘の食堂は、いつになく賑やかだった。

 いつもなら直希と入居者の7人なのだが、今夜はあおいを始め、総勢13人が賑やかに集まっていた。


 今夜は暑気払いということで、カレーにしていた。

 みぞれとしずくには、子供用の甘いカレーをレトルトで用意し、他の人たちには直希特製のカレーを振る舞っていた。


「むぐむぐ……むぐむぐ……」


「あおいちゃん、慌てて食べなくても大丈夫だからね。まだまだおかわり、いっぱいあるから。はい、サラダも置いておくね」


「はい……むぐむぐ……ありがとう……むぐむぐ……ございますです……むぐむぐ……」


 あおいの食べっぷりに、つぐみたちが唖然としていた。


「お、おかわりお願いしますです直希さん!むぐむぐ……むぐむぐ……」


「はははっ、はいはい」


「ちょっとちょっとつぐみん、あれで何杯目?」


「多分……3杯目ね」


「マジで?あんなちっこい体の、どこに入ってるの?」


「私に聞かれても知らないわよ。あんなに食べるなんて、私だって知らなかったんだから」


「な、驚いたろ?あおいちゃんの食べっぷり、もうちょっと鍛えたらフードファイターになれるかも」


 そう言って、直希が涼しい顔で笑う。


「はいあおいちゃん、おかわりね。大盛りさんだよ」


「あ、ありがとうございますです……むぐむぐ……むぐむぐ……」


「それからゆで卵。よかったら食べていいよ」


「いいんですか!いただきますです!」


 ボウルに入ったゆで卵を手にすると、殻を外して次々と口に放り込んでいく。


「あらあら、うふふっ……ほんとあおいちゃんの食べっぷり、見てるだけで気持ちがいいわね」


「そうだよな、あんなにおいしそうに食べてくれたら、作ったかいがあるってもんだよ」


「ナオちゃんも負けないで、頑張って食べないと」


「ははっ、あの勢いは無理かな……みぞれちゃんしずくちゃん、もういいの?後でスイカ、切ってあげるからね」


「わーい、スイカスイカ」


「スイカ!」


 口いっぱいにゆで卵を含んだあおいが、その言葉に振り向いた。


「こらこらあおいちゃん、口に物を入れて喋らないの。はしたない」


「はいです……むぐむぐ……すいませんです、むぐむぐ……」


「ははっ、あおいちゃんにもスイカ、切ってあげるから」


「ほんとですか!じゃあ私、早くカレーを食べてしまいますです」


「慌てなくてもなくならないから。ゆっくり食べていいからね」


「はいです。あ、直希さん、カレーおかわり、いいですか?」


「はいはい、ちょっと待ってね」


「……」


「……どうしたんですか、つぐみさん」


「え?あ、ああ菜乃花……いえね、あおいのあの食べっぷり……ひょっとして栄養、全部胸にいってるのかなって思って」


「え!そ、そうなんですか!」


「しーっ、声が大きいわよ。今日買い物に行ってる時に見たんだけど、あの胸、服を脱いだらとんでもないことになってたのよ。でも太腿やお腹はすらっとしてて……だからあの子、食べた物が全部胸に行ってるんじゃないかって……え?どうしたの菜乃花」


「わ、私も頑張って食べます……直希さん、私にもおかわり、いいですか?」


「え?勿論だけど大丈夫?いつもおかわりなんてしないのに」


「大丈夫です、私も今日、お腹空いてますので」


「そうなの?分かった、じゃあ軽めに入れておくね」


「うふふふっ、菜乃花、頑張ってね」


「うん。おばあちゃん、私頑張る」


「な、直希!私にもおかわり!」


「ええ?大丈夫かよつぐみ」


「私もお腹空いてるのよ!いいからお願い!」


「はいはい、分かりました」


「むぐむぐ……むぐむぐ……」





 夜。


 入居者たちも部屋に戻り、あおい荘はひっそりと静まり返っていた。


 今夜は菜乃花も、小山の部屋に泊まっていた。


「おばあちゃん、そろそろ寝る?」


「そうだね、じゃあ菜乃花、悪いけど手を貸してくれるかい」


 菜乃花がうなずき、正面から小山をゆっくりと抱きかかえる。

 菜乃花の「1、2の3」の掛け声と共に、小山が立ち上がり、そのままベッドへと移動した。


「ありがとう」


「はい、じゃあ横になって」


 小山が横になると、肩の辺りまでタオルケットをかけた。


「暑くないかな」


「ええ、ありがとう。菜乃花ももう寝るのかい?」


「うん。おばあちゃんの所に泊まる時は、一緒に寝るって決めてるから」


 そう言って、ベッドの横に敷いた布団に入り、電気を消した。


「おやすみなさい、おばあちゃん」


「はい、おやすみ。いい夢が見れるといいね」


「……」


「菜乃花?」


「あ、ううん、何でもないの。おばあちゃんも、いい夢を見てね」


「菜乃花、何か私に言いたいこと、あるんじゃないのかい?」


「どうして?何もないよ」


「ほんとに?」


「うん……」


「どうしたんだい菜乃花。なんでも言っていいんだよ」


 暗い部屋の中、かすかに聞こえる波の音。


 小山の言葉に菜乃花は動揺し、何度も寝返りをうった。


 そしてしばらくして、ベッドの方を向いた菜乃花が言った。


「あのね、おばあちゃん……」



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