第7話 幼馴染のつぐみさん


「それで?この子は何なの?」


 食堂のテーブルを囲み、つぐみと呼ばれた女が直希に詰め寄った。


「だからちょっと落ち着けって。お前がそんなんだから見てみろよ。あおいちゃん、怯えちゃってるじゃないか」


 のらりくらりと話す直希に苛立ち、つぐみがテーブルを叩いた。


「だから!」


「こらつぐみ。直希くんの言う通りだ、ちょっと落ち着きなさい」


「お父さんまで」


「お父さん?」


「ええっと、とりあえずあおいちゃん、紹介するね。こちらは東海林しょうじさん。うちの入居者さんたちを診てくれてる先生なんだ。すぐ近くにある東海林医院の先生。そして彼女はそこの娘さんで、名前はつぐみ。俺と同い年の幼馴染」


「直希さんの幼馴染」


「そして東海林医院で看護師をしてる。いずれはおじさんの跡を継ぐ予定で、現在修業中」


「そうなんですか。じゃあ今日は」


「うん。週に一回の検診日」


「そうですか、主治医の先生」


 そう言って、あおいが東海林に頭を下げた。


「初めましてです。昨日からここでお世話になってます、風見あおいです。よろしくお願いしますです」


「こちらこそよろしく、風見さん」


「それからあの……」


 恐る恐るつぐみに視線を移すと、つぐみは相変わらずの剣幕で二人を見ていた。


「つぐみ……さん。よろしくお願いしますです」


「……全く」


 つぐみがナースキャップを外し、大きくため息をついた。

 綺麗に束ねられている髪、皺ひとつなく、折り目もきっちりついたナース服。

 麦茶を飲み、その度にふきんでグラスの底とテーブルを拭く。


「それで?風見さん、どういう経緯でここに住んでるのかしら」


「つぐみ、お前そんな尋問みたいに」


「直希は黙ってて。風見さん、教えてもらえるかな」


「はい、です……実は私、親と喧嘩しちゃって、家を出て来たんです」


「家出?」


「あ……はい、そうです」


「警察に知らせないと」


「待て待て待て待て、いきなり警察沙汰にすんなよ」


「だって直希、家出なんて、親御さん心配してるわよ」


「そうかもしれないけど、全く……ほんとお前、融通がきかないよな」


「間違ったことは言ってないでしょ」


「そうかもだけど、ちょっとはあおいちゃんの話も聞いてやれって。事情があるのかもしれないだろ」


「そうだけど」


「あおいちゃん、昨日は俺、言いたくなかったら別に聞かないって言ったけど、どうかな?話せることだけでいいから、話してみない?」


「……」


「あおいちゃんの家の場所は聞かないから。それにあおいちゃんが嫌だって言うなら、つぐみが何を言ったって守ってやる」


「ちょっと、私を悪者にしないでよ」


「どうかな、あおいちゃん」


「……分かりました、お話ししますです」


「うん」


「……私の家、風見家は地元では結構有名なんです。会社も持ってますし、今までに議員さんも出してますです」


「名士ってやつか」


「はいです。私は三人兄弟の末っ子で、兄様が家を継ぐことになってますです。私と姉様はその……取引先の息子さんと結婚することになってまして」


「政略結婚って、今でもあるんだな」


「姉様はもう結婚してますです。姉様の相手は立派な方で、姉様も幸せに暮らしてますです。でも私の許嫁の人が、その……」


「……」


「女遊びの激しい人なんです。私、そのことを最近知って」


「……絵に描いたような展開だな」


「それで私、その人との結婚は嫌だって、父様に言いましたです。でも父様、私の言うことを全然聞いてくれなくて」


「その婚約者って、どんな人?女遊びって、どの程度なの?」


「かなり遊んでるみたいです。私の友達にも声をかけていたみたいで」


「婚約者の友達にって、何よそれ。見境ないの?」


「おいおいつぐみ、お前が興奮してどうするんだよ」


「だってそうでしょ?そんなんで、どうやって婚約者を幸せに出来るのよ」


「お金使いも荒いみたいです。毎晩飲み歩いて、ずっと遊んでるみたいです」


「呆れた。そんなので仕事が出来る男、見たことないわ」


「はいです……その人、得意先の社長の三男さんで、一応役職はついてるんですけど、真面目に仕事をしてる様子もなくて……向こうのお父様も困っていたみたいです。だから許嫁の私に、こいつのことを頼むって言われて」


「ああもういい!十分よ」


 つぐみがそう言って、あおいの言葉を遮った。


「そんな人との結婚なんて、絶対しちゃ駄目。向こうの親御さんは、あおいにその人を変えて欲しいって思ってるんでしょうけど、そういうタイプの男は駄目。何しても無駄だから。そんな男と一緒になったらあおい、一生苦労するわよ」


「つぐみさん」


「いいわ、分かった。直希、この子がここに住むこと、認めてあげる。しっかり守ってあげなさい」


「認めてあげるって、お前誰なんだよ」


「いいから。それで?あおいはここで、直希と一緒にみんなのお世話をしてるのよね」


「でも私、家事が全然出来なくて……今日も一日、考えたら何もしてないような」


「いやいや、そんなことないよ。あおいちゃん、洗い物を片付けてくれたでしょ」


「ううっ……優しい言葉が逆に辛いです」


「ぼちぼちやっていけばいいって」


「それに朝だって、直希さんに起こしてもらわないと起きれないし、今朝だって抱き着いちゃって」


「あ……あおいちゃん、それは」


「ふーん、そうなんだ」


 つぐみが腕を組み、直希を見下ろす。


「女の子の部屋に朝から忍び込んで、寝起きを襲った訳ね」


「つぐみ、今の話ちゃんと聞いてた?襲われたのはどっちかって言ったら俺の方なんだけど」


「ふーん、どっちにしても、寝起きの女子とハグしてたのよね」


「だから話を」


「いいわ、分かりました。私もここに住みます」


「はああああっ?お前、何言ってるんだ」


「ここに住むって言ったの。前々から思っていたのよ、こういう施設には一人ぐらい、医療関係者が常駐してた方がいいって。何かあっても、私がいれば応急処置ぐらい出来るでしょ?」


「出来るでしょってお前……おじさん、こんなこと言ってますけど」


「はっはっは、いいんじゃないか」


「軽っ!おじさん、それでいいんですか?」


「わしは構わんさ。それにつぐみが言った通り、確かにつぐみが常駐してれば、何かと役に立つだろう。それに……直希くんとのこともあるしな」


「お父さん!」


「はははっ、じゃあそういうことで。つぐみは帰ったら引っ越し準備にかかりなさい。それにここからなら病院にも通えるし、何の問題もないだろ。直希くん、頼めるかな」


「いや、まあ……部屋は空いてますけど」


「何よ直希、この子はよくって私は駄目って訳?」


「分かった、分かったからそんなに顔、近付けるなって」


「なっ……」


 その返しに、つぐみが赤面して直希から離れた。


「つぐみさん?大丈夫ですか、顔、赤いですけど」


「……ゴ、ゴホンッ、とにかくそういうことだから。あおい、これからよろしくね」


「あ、はいです。こちらこそよろしくお願いしますです」


「それで?あおいの部屋はどこなのかしら」


「はいです、直希さんの隣の部屋です」


「……ふ、ふーん、そうなんだ……直希!私の部屋、あおいの隣でいいかしら。あそこは空いてたわよね」


「ああ、空いてるよ。てか、どこでも同じだろ、そんなの」


「直希くん……娘のことも、もうちょっと気にかけてやってくれないか」


「ええ?あ、はい、分かりました」


「何で君は、いつもそうなんだか……」


「そうだおじさん。そういう訳でして、あおいちゃん、ここに住んでることがご両親にばれないようにしないといけないんです。だからその、病院とかにもいけなくて」


「分かった。それぐらい協力してあげるよ」


「あ、ありがとうございますです。これからよろしくお願いしますです!」


「こちらこそ、娘と仲良くしてやってください」


「はいです!つぐみさん、よろしくお願いしますです」


「こちらこそ。これからよろしくね、あおい」

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