70年目の贖罪
軍服姿の男たちが岩陰に浮かんだ。全員が満身創痍だ。
「皇国の裏切者どもを是非とも始末させてくれ!」
隊長らしき男がそういうと、部下達も懇願した。
「靖国で逢おうと誓い合った。だが帰国してみればこのざまだ」
平和憲法の名のもとに参拝がなおざりにされている。戻るに戻れぬ無念を仇討ちで晴らそうというのだ。連合側に寝返ったビルマ解放軍は壊走する日本兵を待ち伏せし虐殺した。「そう、その布団爆弾だ。英陸軍の戦車に肉弾で抗ったのだよ」
「だからと言ってブラックシリカを拠点にしてテロ資金を稼がなくていいじゃない」
御子は洗いざらい暴露した。祝ホームが事故物件や所有する施設で荒稼ぎした収益はミャンマーの反政府勢力に流れていた。
「恩を仇で返す
隊長が正当性を強調した。
「鬼畜はどっちかしら?慰安婦の手紙を隠滅して、絶望感で隷属させ、用済みは殺す。あまつさえトモや美咲や施設長まで亡き者にして、その怨念を燃料にする。このまま燃やしちゃってもいいのよ?」
御子が電子ライターを取り出した。
「貴様らも死ぬが?」日本兵達は慌てた。
「結構。散々利用されて、石をミャンマーに運ぶ手伝いをさせられるよりは…」
祝ホームの企みが明かされる。英霊達の礎は敗戦の無念に縛られていた。そのロックを御子に外させ、船便で現地に送られた暁にはテロ組織の幹部に憑く計画だった。
「私達をトモさんに殺させようとしたでしょ?なぜあの時、止めたの?」
小春が穏やかに訊いた。すると一人の兵士が歩み出た。そしていきなり土下座した。
「済まなかった!トモ。私はお前を独りにしたくなかった。こちらの側へ引き込もうとした。その為には人を殺める愚を犯さねばならぬ。だが、忍びなかった!すまん」
男は元夫だと名乗った。ブラジルに渡り、ナチ残党の逃亡や隠遁を支援していたという。
「やれやれだわ」
御子が肩をすくめると、小春は目配せをした。ズシンと大きく地面が揺れる。そして着信音が鳴った。ブレイキングニュースが祝ホームの爆発炎上を速報している。幸い死傷者はいない。「終戦にしましょう。怨霊の復讐ごっこも」
御子がそういうと、ブラックシリカに聖水を撒いた。アクアマリン配合のどこまでも青い海の色。波間にたゆとうように兵士達が消えていく。「悪事の一部始終も更新しておくわね」
小春はまとめサイトのコメント欄を埋め尽くした。最後に美咲への追悼文を書こうとして涙で指が滑る。フリック入力ができない。御子はそっと手を添えて、スマホの電源をオフにした。
マンダレーの唄 水原麻以 @maimizuhara
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