調伏バトル

熱水したたる浴室でビキニ姿の姉妹が胡坐を組んでいる。シャワーの制御を壊したのは妹の機転だ。霊障は水場を養分にする。そこで先手を打った。

「残留思念も脳波も元を正せば電磁波よ。そして茹でた磁石はただの石」

御子の前で老婆がムンクの叫びとなり果てる。

「黒歴史を思い出したのね。それで美咲さんに慰安婦の印象を重ねて場当たり的に殺した」

小春はブラックシリカの走馬灯効果が古傷を抉ったのだろうという。

「あのねぇ貴女…そんな単純な」

姉の制止を無視して調伏の体制に入る。「ヘルパーさんは自発的なの!慰安と違う」

すると老婆の像が強張った。

「同じだね。あたしも最初は騙されたよ!売女が!」

ぱあっと水煙が立ち込め、ガス漏れ警報器が鳴る。御子はダメもとで開錠を試みる。バキッと金属音がした。

「御子!火花を散らさないで」

小春は姉をドアから遠ざけた。「二人とも燃やしてやるさ。こんな慰労所」

《危険です!危険です!》

トモの怨嗟に合成音が重なる。《危険です!》


「危険じゃない!」

御子が何かを掲げた。ぱぁっと神々しい光が浴室を黄金色に満たす。

「そ、それは…」

蚊の鳴くような声に霊が萎んでいく。

場違いな歌声がスマホから流れ出す。マンダレーの歌だ。在りし日の美咲が自撮りしたものだ。

”山崎様、お歌、上手ですね~…ちょっと、違うか。てへッ”

カメラ目線で少しはにかむ。

「美咲さん、ね。貴女に喜んでもらおうと練習してたの」

ざあざあと熱水が降り注ぐ中、スマホの笑顔が怨霊を照らしている。

「それは知ってたわ…でも偽善だと思った」

ポツリとこぼす。

「思いたかったんでしょ? 軍に奉仕した後ろめたさもあって…」

小春が諭すとトモは硬化した。「売女には違いないさ。どう繕っても」

「それで理事長を嵌めて廃業に追い込んだ?」

御子が図星を指すと霊が頷いた。「あの男は美咲を侍らせる気だったのさ。他の女も。給料は良かったろ?」

水煙に不都合な真実が浮かび上がる。権利擁護事業を悪用し、利用者に無断で資産運用するなど序の口だ。施設は節税対策だった。

「理事長を殺せばよかったのに…」

小春が美咲に同情すると、トモは悔しそうに言った。「あいつは獄死する。憑いてやる。美咲は必要な犠牲さ。誰か死なきゃ誰も動かないよ」

「だからと言って、壕で殺された福子さんの仇を討たなくても」

老婆の傲慢が許せない。小春の攻撃を御子が押しとどめた。代わりにスマホの下書きフォルダを示す。すかさず霊が怯む。「そ、それは…」

「アップロードされなかった美咲さんの想い」

言い終えぬうちにトモはうめき声を残して御子の視界から消えた。

「美咲さんの携帯。防水で助かったわ」

御子はいそいそとスマホを懐にしまった。それを小春が見逃さない。

「あらっ、パッド?」

「うっさいわねえ!」

誰もいない筈の施設からバシャバシャと音がする。通報で駆け付けたパトカーに姉妹はビキニのまま連行された。

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