介護施設職員・和田美咲(23)

被害者は和田美咲、23歳。施設職員だ。通所利用者と交流するうちに昭和歌謡を愛唱するようになった。趣味の多様化は職業柄の要因で死因ではない。問題は若い女が裸で惨死した理由だ。遺体の切断面は鋭利だった。解剖で打撲による全身性ショックが致命傷だと発覚した。考えうる可能性は滑落死。しかし発見現場は河原のキャンプ場だ。警察は冬山で遭難して雨水が運んだのだろうと推測した。いくら何でも無理がありすぎる。


「ありがちな処置よ。立件しても旨味がない。だから、殺人を強引に事故や自殺で決着する」

御子は透明な敵に喝破してみせた。祝ホームの社員は表に停めた車中で客先に電話している。埃一つないロビーの空席が寂しい。ここで何人の利用者が余生を寛いだのだろうか。御子は想いを馳せる。すると、眩しい陽光とジャングルの熱気が蘇った。白黒の世界に雨と爆弾の雨が降る。そして黒曜石が一つ。

回想から実体化し眼前で二つに割れた。

鋭利な断面が特攻して来る。咄嗟に呪符を唱えると石礫は雲散した。

「つい、同情しちゃったわ。貴方は誰なの?」

呼びかけると御子の脳裏に老婆が浮かんだ。夫、遺骨という文字が躍る。

「そう。歴史は残酷よね。でも、無関係者を殺める理由にならない」

叱り飛ばすと、未亡人の寂寞が荒涼たる砂漠として御子を呑みこんだ。砂粒がガリガリと奥歯に挟まる。「ううっ」

首まで浸かった所で、誰かの腕力が牽引してくれた。気づくと介護ベッドの傍で営業マンが心配している。「大丈夫ですか?リネン室で泳ぐなんて」

「泳いだ?私が?」

「リハビリプールなら奥にありますよ。その為の水着でしょ?」

男は顔を背けつつ横目で御子の胸元を撫でた。

「キャッ」

御子は乱れた服を整え、玄関に向かった。

「もういいんですか?」

「だいたいわかった。また改めて」

そそくさと物件を後にする。直接ではないが美咲の死因に繋がる何かを彼女は感じ取った。砂だ。

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