消滅

手を伸ばせば届く距離に緑色の鱗が往来している。魔道強化ガラス越しに見る翼竜は迫力満点で潜在的な恐怖をかきたてる。

「あ、あれに乗り移るのか?」

リチャードは身震いした。いざ、住み慣れた肉体を捨てるとなると、気後れする。

「かりそめの器ですよ。じきにもっと素晴らしい肉体が…」

シモーヌはじれったそうに言う。

「いやだね」

無意識にそう答えた。リチャードにしてみれば、何のためにこの女と一緒に翼竜に変化しなければならないのか。

助かる方法なら、他にもあるだろう。

「どうして? 私を信用できないの? 独房からあなたを出してあげたでしょう」

「ああ、出来ないね……お前は俺を騙しているから」

「いったい何を言い出すのかしら」

魔女は彼を小馬鹿にした。

「意味不明はお前の方だろ。お前、俺の事を何て呼んだ?」

リチャードが詰め寄る。同時に翼竜がガラスめがけて突進してきた。




ウッドワンの艦橋でハッサンが怒号をあげる。

「シモーヌ、早く憑依せんか! 手砲を斉射するぞ!!」

「だって!」

「ドン・エンプーサの苦労を水泡に帰す気か!!」




”エンプーサなんか、放っておけばいいじゃない”という女の捨て台詞でリチャードは確信に至った。

「そうか、そういうことか。だいたいわかった…」

リチャードは深呼吸を繰り返すと、翼竜と目が合った。天窓よりも大きな瞳孔にエテュセの面影を想う。



「シモーーーヌーー!!!」

ドン・エンプーサが頭を抱える。

その次の瞬間、グレイバス監獄が爆散した。諸島全体が原始宇宙の混沌に回帰し、その連鎖がウッドワンに逆流、さらに軍港まで巻き込む。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る