癒してのリチャード

「グレイバス監獄中央監視塔、射程圏内に入りました」

戦艦ウッドワンのメインマストに色とりどりのマントがなびいている。当代きっての魔導士が大仰な身振り手振りで遠距離破壊魔法のウォーミングアップを行っている。

最大最強の攻撃魔法、レベル7マジック「核撃」の熟達者が手ぐすねを引く。彼らの詠唱でグレイバス諸島は跡形もなく吹き飛ぶだろう。

「いよいよ、ですな。この瞬間を拝むためにせっせと投資してきたようなもんだ」

ドン・エンプーサがハッサンに微笑みかける。

「癒してのリチャードはメドトロニックの祖先があらゆる災難に備えて残した万能保険だ。彼らは”科学”が諸刃の剣でなく、人を一方的に苛む悪魔の打棒であることに気づいた。そこで諸刃でなく、諸悪を丸く収めるラウンドシールドを準備した。それが、彼だ」

ハンサが中央天幕の像を縮小した。豆粒のような人影が点となる。代わりに監視塔付近を旋回する二頭の翼竜が映し出された。

「オルドスの野郎はパーセル勤務時代から奴に目を付けていたんだ。それで危険な職場から外すべく手を打った」、とハッサン。

「科学、魔法、すべての恣意を無効化するレベル7マジック、静謐の唯一絶対者だ」、とハンサ。

彼にしてみればリチャードの出自などどうでもよかった。人間とエルフの交雑という禁断中の禁断を経て生まれいずる鬼子こそが、彼が代表するホムンクルスを真に解放してくれるのだ。

癒してのリチャード。「癒す」という行為は治療ではなく征服を指す。正常化という概念に厳密な定義もゆるぎない基準もない。何が正常で何が異常であるかは趣味の問題だ。

関与者にとって心地よい条件を一方的に押し付け、それを安定の基準として万物に当てはまる。

暴力的な平和が美辞麗句に修飾されて「癒し」を施す。

換言すれば癒しを超える攻撃手段はない。したがって癒しを手中に収めた者こそが最終覇者といえる。

「破壊の限り、殺戮の極みを尽くそうが、癒しがリセットしてくれる」

そんなことを言っている間に翼竜が監視塔に急接近を開始した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る