大乱戦

「戦艦ウッドワン、まもなくグレイバス湾中央部に到達します」

航海長が夜目烏の視覚を中央天幕に中継した。そこにトホホギスとテクセルの国境線が重なる。バソトシン軍港は既にパニックの渦中にあった。ゲロルシュタイナーという触れ込みで各地に配達されたコンテナから人間とも獣ともつかぬ生き物があらわれたからだ。

オルドスが企図した撹乱戦術をハンザが立派な叛乱に成長させた。人間に使役される道具としてみなされてきたホムンクルスが突如として自我に目覚めたのだ。

呼応するように日常生活に浸透していた人造機械も反旗を翻した。凄腕で鳴らした王立騎士団はあっという間に総崩れ、壊走となった。

「テクセルだ。テクセルの工作だ」

流言飛語が飛び交い、混乱に拍車がかかる。逃げ惑う住民と、進路を確保しようとする軍の間で激しい衝突が起こり、陸の上はカオス状態だ。

そして、さらに状況を悪化させる要因が加わった。ゲロルシュタイナーの臭気が殺人鯨の発情を促した。

グレイバス監獄沿岸を護っていた艦艇は鯨どもがことごとく海に引きずり込んでいく。

散発的な遠距離魔法の打ち合いが、激しいマジックミサイルの応酬へと拡大する。とばっちりで巣を破壊され、我が子を失った翼竜がグレイバス監獄とバソトシン直轄領の対空魔道師団をひょいぱく、ひょいパクとついばんでいく。

両国の国境付近には大規模戦闘を想定した重装備の最新鋭部隊が待機している。それも出番を待たずして退却となった。

大仰な装備が獅子奮迅に活躍するためには周到な準備と時間を要する。即応体制にあるのはごく限られた部隊だ。

まず、初動で時間を稼ぎ、余剰戦力の投入につなぐ。それもこの大パニックではままならない。

かくして、莫大な軍事予算を投入して整えた装備はピカピカのまま、瓦礫の山となる。

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