シモーヌ・ザザの魔矢
「メドトロニックの森を救ってほしいのです」
シモーヌ・ザザは分厚い壁をこえてイミルワの光を切々と灯らせた。
それはみなしごのリチャードの胸をえぐり、痛みをわが身の傷とする壮絶な生い立ちだった。
迫りくるトホホギスの魔道技術文明から伝統ある暮らしを守ろうと彼女の祖先は必死に抗っていた。
木々の合間に街の夜景がのぞけば、霧の呪文を唱えて遮り、山道に人の気配を感じれば夜行性動物をけしかけた。
しかし努力もむなしく、戦争の影は容赦なく忍び寄った。やがて王立軍の使者が森に分け入って嫌がるエルフを無理やりに連れ去った。
平定戦争は両軍の短期決戦で和平交渉に進んだが、大国同士の争いごとが協定書のサインひとつで簡単に終わるわけではない。
テクセルが散布したトロールだのヤークトティーガーだの有象無象の魔物が森に住み着き、それをヴァルキュリアが駆除しにやって来た。
トホホギスの周辺は人間の手に負えなくなっていた。そして、王室は新たな決断を迫られることになる。
いずれ、そう遠くない将来。トホホギスはテクセルだけでなく、もう一つの巨悪と戦う運命にある。
「人外かよ! 随分と勝手な言い草だな。それでグレイバスを築いたってか!!」
リチャードはあきれ果てた。人間の業とはまことに救いようのないものである。
グレイバス監獄は政治犯凶悪犯の収容所ではない。むしろ、それらを捉え、有望な戦士として洗脳・教育する施設だったのである。
「弓を引いたのはわたしです」
さらにシモーヌ・ザザはとんでもない暴露をした。
「はぁ?」
「ジョセフソン・カルナックに魔矢を引いたのはわたしです。オルドスの間抜けな斥候が攻めてきたので、その隙をついて、空間を短絡し、藩主の背を射抜きました」
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