弘法も筆の誤り

「ジョセフソン先生はこれっぽちも悪い事なんかしてません!」

黒エルフはそれでもなお、育ての親を懸命にかばった。たとえ、殺されようとも彼女にとっては、いや、メドトロニックの子供たちにとってはエルフの保護者以上に大切な存在だった。

領地を王家に取り上げられて以来、彼はトホホギス王都に住まう種族の子供たちを分け隔てなく教育してきた。

彼にとって教えてやれる科目と言えば武芸しかない。だが、人殺しの技術と侮るなかれ。武芸とは国家をあがめ、家族を愛し、森羅万象と交わる知恵なのである。

そう、熱心に開陳し、多くの偏見や反目を耐え忍んで普及に成功した。なにより、まったりした動きで親しみやすいよう数々の技が簡略化されている点が受け入れられた。もちろん、やる時は一瞬で敵を封じるのだが。

ジョセフソンは過剰な暴力の準備を嫌い、戒めた。それは相手を必要以上に威嚇する。不信感を募らせるばかりが武芸ではない。

「そうやって、人間もエルフの子も平等にしつけたのだろう」

メスト・エジルは小娘の苦しい弁明をフンフンと聞き流した。


「耳の長い短いは関係ないと?」

警部はそうやって見下した。彼はどうやら差別主義者らしい。

「ええ。彼ら彼女らは平定戦争においてテクセルに味方する者もいれば仇をなす者もいました。そしてメドトロニックの森でもそれは同じ。長老一派に愛想をつかして山を下りたエルフの行先は限られています。ジョセフソン先生は子供たちに居場所を作ってあげたんです」

「おかしな話ではないか。森の民は子煩悩だと証言したではないか」

エジルは容赦なく矛盾点を突く。しかし、エテュセは安っぽい煽りに乗らなかった。

「それは、そこのヴァルキュリアさんにお尋ねください」

キッと気丈夫に睨みつけると、甲冑の女が剣を抜いた。それをメスト・エジルが右手で制止する。

「俺から言ってやろう。黒エルフは種族の限界を悟っていたのだな。それでもなお、子孫を守ろうと努力はしたが…」

メスト・エジルは女戦士から巻物を受け取った。

「告訴状だ。ドン・エンプーサの顧客が差出人だ。ジョセフソンは美人局、そしてエンプーサ金融が養育費を工面していた疑いがある」

ぱさっと紐解くと、セレブリティの名前が延々と連なっている。すべて女性だ。

「エテュセだけじゃないわ。子育てにギブアップしたトホホギス在住のエルフ成人男女、それと社交界を取り持って人口増加を目論んでた」

ヴァルキュリアは唾棄した。

「それのどこが悪いんです! 誰も不幸にならないでしょう!」

「お前はどうなんだね?」

メスト・エジルは痛い所を突いた。

「子は宝。そう信じて純潔を守ってきたお前の父親はどう思うか! おもんばかった事は一度でもあるか!」

「ありえません! 父が母を棄てて人間と…」

エテュセは必死にかぶりをふった。

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