バソトシン軍港

グレイバス監獄の対岸にある街、バソトシン軍港はいかつい城砦が立ち並ぶ堅苦しい街なみと裏腹に開放感が満ち溢れていた。

年がら年中、緊迫した空気にさらされていると息が詰まってしまう。バソトシンはそれを補う立地条件に恵まれている。

まず最前線だけあって、人や物資の往来に事欠かない。そして港は半官半民で運営されているため、武器弾薬だけでなく市民生活に必要な日用品から食料まで豊富だ。

そんな緩んだ雰囲気にまぎれてオルドス一味は大した苦労もなく行商人を装うことが出来た。

波止場にトホホギス軍の鉄鋼戦艦や飛空船が停泊している。また、信じがたいことにテクセルの艦艇も補給と親善と休暇を兼ねて入港してくる。

隣国と接していると言っても今は平時だ。国境を越えて生活圏を共有している人々が少なくない。

「おう、若いの。ゲロルシュタイナーって知ってるか?」

オルドスは食通に扮して戦艦ウッドワンの乗員に声掛けした。軍港第一突堤——トホホギス海軍の後方支援部隊が根拠地にしている——には、兵站の物流センターや支援要員の宿舎が目白押しだ。

そういうわけで、夜昼なく酒場にはシフト明けの兵士がたむろしている。

「ゲロルシュタイナー? 初耳だな。つーか、あんたも見かけねーな」

胡散臭そうに立ち去る水兵をオルドスが穏便に引き留めた。

「まぁまぁ! 袖振り合うも他生の縁というじゃねえか! いっぱい奢るぜ。どうよ?」

「おっ、いいねえ」

男は単純明快な生き物だ。ただ酒が呑めるとあっては邪険にする理由もない。

「兄弟、シフトは大丈夫なのかい?」

「ウッドワンは明後日の番まで魔道機関の修理にかかりっきりよ。俺たち観測兵の出番はないね。湾内でドンパチがありゃ別だが」

貴重な軍機がいとも簡単に垂れ流される。オルドスは内心、ほくそ笑む。が、おくびにも出さす、演技を続ける。

「そりゃそーだな。グレイバス監獄で叛乱でも起きるのならまだしも!」

わっはは、ありえない、と荒唐無稽なバカ話でひとしきり盛り上げたあと、浴びるように飲むのが男意気というものだ。

だが、水兵は流儀に反してボソッと耳打ちした。

「そのグレイバスなんだが……」

オルドスは意表を突かれた。ゲロルシュタイナー——と偽ったニセ殺人鯨の珍味で釣ろうとしたが、木乃伊取りが木乃伊になった。

「監獄がどうした?」

ボトル3本と交換条件でオルドスは意外な情報を聞き出した。

もちろん、ゲロルシュタイナーの肉はこれまた酒場のマスターに金貨を握らせてその場の客に大盤振る舞いした。

反応は上々で、主人が定番メニューにしたいと申し出たぐらいだ。

それはともかく、ウッドワンが特命任務を帯びてテクセル国境付近へ展開するという話は寝耳に水だった。

テクセルの隠密部隊がバソトシンに侵入した。そしてグレイバス監獄の開城を工作しているという。

「いや、まさかの話でさ」

ホッチマン一等水兵はオルドスを一瞥して、囁いた。

「おほっ、おれ、俺が、テクセルの? おいっ! いい加減にしろ」

オルドスは素っ頓狂な声をあげた。たちまち、男たちの視線を集める。

「このばかやろう! 酒を奢ってやった恩を仇で返すか!!」

烈火のごとく怒り狂う彼を酒場の主人がどうにかなだめ、丁重に追い出した。


「作戦失敗だ。畜生、どこのどいつだ」

成り行きとはいえ、かなり酒がはいったまま、ふらつくオルドス。両脇を部下に支えられてさしもの豪傑もぶざまである。


すると、ウッドワンの甲板から黒い影が複数、舞い降りた。

「お忘れですか?」

「なっ——?!」

悲鳴を上げる間もなく、オルドスの頸椎が切断された。

ずさりと首のない死体が桟橋に倒れる。そのままもんどりうって海に転がり落ちた。

「わたしですよ。よくも海に投げ込んでくださいましたね。これはほんのお礼です」

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