平定戦争の闇

「ドン・エンプーサが金融屋になる前にどうして財を成し、どうやってのし上がったかお前は知っているだろう」

メスト・エジルはこれまでにかき集められた状況証拠を足掛かりにしてエテュセをじわじわ追い詰める。

どんな人間にも裏と表がある。特に清廉潔白で悪事とまったく無縁だと固く信じられていた偉人にスキャンダルが発覚して評価が大暴落する事は珍しくない。

たとえば人望の厚い大物政治家や芸能人などだ。発覚当初、慌てて疑惑を否定するが「そんなことは百パーセントありえない」と必死になっていた傍から動かぬ証拠が発覚してボロボロと信用が崩れていく。

このような人間にはたいてい巨大な利権のピラミッドが裏にそびえている。恩恵を被っている人間は陰謀の片棒を担いでいることをおくびにも出さず、ただただ偉人の支援者を演じ続ける。

同時に彼の人物が偽善的な富と名声を得ている事を心地よく思わない人々がいる。彼らが黙っている理由は触らぬ神に祟りなしというより、目をつむって利権の落穂ひろいをした方が安心して眠れるからだ。


エスト・メジルはエンプーサ金融にも悪徳の金字塔が生えていると踏んで、汚いやり方で不満分子を揺さぶった。

「近いうちにガサ入れが行われる」

そんな噂を常連客を買収して流させたのだ。具体的になにがどうアウトで、いつ決行されるか確実な情報は流さない。

ただ、潜在的な恐怖をあおるだけで人はドミノ倒しのように崩れていく。

「俺はジョセフソン・カルナックの一見客に粉をかけたのさ。マリサという龍肉商の細君がレッスンに不満を持っていた。彼女は藩主に強烈な悪印象を持っている。それで、ちょいとスピーカーになってもらったのさ」

果たしてマリサは有閑マダムが集うサロンでさっそく特ダネを盛大に披露した。彼女の吹聴は道場と関係が深いエンプーサの常連客に伝わり、ヤバいと怖気づいた輩が有力証言をもたらした。

「ドンの祖先は平定戦争に応召されて、ヤバい話に足を突っ込んじまったそうで」

その危険な案件とは、あろうことかメドトロニックの森が関係していた。

「そこまでわかっているのなら、お話します」

エテュセはとうとう半落ちした。

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