激痛と苦悶の一日
「はぁ…はぁ…いったい、何千、何万日、生きればいいんだ…」
激痛と苦悶の一日が終わった。血だるまになった肉体が独房に投げ込まれ、石畳に背中を鞭打つとき、拷問のノルマが終わる。
鉄格子の前に漆黒のローブを纏った専属魔導士が現れ、むにゃむにゃと呪文を呟くと、世界が裏返る。
そして、一瞬の後に爽快感が身体を駆け巡る。まるで苛まれた傷が嘘であったかのように消え失せ、手足の腫れが引く。
まるで、自我がポンと頭蓋骨から取り出されて、宙を舞うようだ。呪文の詠唱が終わると魔導士はいずこかへ去る。
視界が格子戸のように千切れ、伸び縮みして目が冴えると、今日一日の記憶がまるで絵空事のように思えてくる。
「……?」
リチャードはそこで気づいた。
拷問の最中に漏れ聞いた話では、彼の肉体は治癒再生されるのではなく「過去」からサルベージされるという。
ここからが、彼の憶測だ。
術を施す最中にどういう原理だか知らぬが、記憶だけが古い肉体に移される。つまり、一時的に彼の魂——そういう物が実在すれば——が肉体から遊離している。
「これって、もしかしたら脱獄のチャンスがあるんじゃないか」
彼はわずかばかりの希望の光を見出した。途方もない道のりではあるが、看守たちの慰み物から卒業するルートがある。
どうやって、という具体的な手段は考えなくていい。暗くて長い隧道を照らす光から目を背けたら、足元の闇が希望を遮ってしまう。
現実的な手段としては他の肉体を手に入れるか、術者を買収して監獄の外で彼自身の肉体を召喚してもらう方法がある。
どちらにしてもかなわぬ夢だ。
いや、まてよ。ひょっとしたら、不可能ではないかも知れない。魔導士だって人の子だ。感情や欲望という物があろう。
そもそも魔法という技術は人間の情動を揺さぶって、自然界に働きかける手段だという。他にも心と物質をつなぐ手段がある。
芸術も森羅万象にアクセスする手続きの一つといえるのではないか。吟遊詩人は抒情を歌い上げる。
ならば、憧憬も魔法につながる前駆運動といえるのではないか。リチャードに魔法の心得はなかったが、才覚は潜在するのだ。
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