自警団
自警団は道場の周辺住民に徹底的な聞き込み調査を行っていたが、ジョセフソン・カルナック殺害の最たる動機につながる有力証言を得ることが出来なかった。
最初に考えられたのは金銭トラブルである。月謝の滞納から道場運転資金の借入まで金融関係者の出納簿を押収して精査した。
ジョセフソン本人が放蕩して領主を解任された経緯からして、まず、放漫経営が疑われたからである。
ところが、驚くことに関係者が口をそろえていうには、ジョセフソン先生は金払いがきちんとしている、という高評価だった。
没落に至った理由は知らないか、噂程度に聞いてはいるものの、「先生なりにきちんと総括されたのでしょう」「心を入れ替えなすったんだ」「人間誰にも間違いはある」という擁護が多かった。
ただ、どんな聖人君主でも人間である以上は裏表があるものだ。自警団は粘り強くそこを深掘りした。
これには骨を折らされたが、ある証人に金を握らせて醜聞を集めさせたところ、彼に対する悪評判が若干ながら集まった。
「ジョセフソン・カルナックが黒エルフを養子にしてから、まるっきり人が変わったというのです」
トホホギス自警団の捜査本部長エドワードが担当刑事たちから有力証言を得たのは事件後二日目の夜のことだ。
「娘を連れて来い」
独房からすっかりやつれたエテュセが引っ張り出された。任意徴収という話ではなかったのですか、と弱々しく抗議してみるが、それ以上、歯向かう元気はない。
「座れ」
エドワードは普通に椅子を示して着席をすすめた。魔道灯を浴びすぎたせいか、彼女の右ほほに低温やけどが出来ている。
可哀そうに少女はキュッと目をつむって顔をそむけた。尋問調書を取る際の仕打ちに対する防衛機制が形成されている。
「お前をいたぶっていたバカは然るべき処罰を受けた。もうここにはいない。安心しなさい」
釈明されても黒エルフは強張ったままだ。愚かなことだとエドワードは憤った。
平定戦争は人間が人ならざる者を用いて、それらの生活圏を含むすべてを私利私欲のまま、破壊した。
そして、禍根は人心を荒廃させたまま、人外に対する根拠なき差別として残っている。
「……先生はそんな人じゃありません」
エテュセの口から反射的に弁明が漏れた。
「まだ、何も聞いていないが?」
「…どうせ、よからぬ噂でしょう。ジョセフソン先生は真面目に武芸一徹で道場を切り盛りしてきたんです。残りの生涯を捧げるって…」
涙をながして訴える黒エルフに「すまない」と内心思いながら、エドワードは冷たい仕打ちをした。
「そのジョセフソンに児童虐待の疑いが出ているんだ」
言い終えぬ間にエテュセがひゅうっと声にならない声をあげた。
「道場裏のエンプーサ金融。昔から世話になっているだろう。ジョセフソンが運転資金に行き詰る度に少なくはない額をポンと融通してくれた。それでお前たち親子は数え切れないほど生き長らえたはずだ」
そのエンプーサに黒い疑惑が浮上している。普通に考えて自分の荘園を傾けた男に気前よく金を貸すお人よしがどこにいるだろうか。
まず、ブラックリストの筆頭に載せるべき人物として敬遠されるだろう。
「本当にジョセフソンから何も聞いていないのか?」
エドワードは黒エルフをねちっこく責めた。
「その話も何百回言ったかしら。エンプーサさんは藩主としての先生に心酔していたんです」
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