作戦開始の陽が昇った

「戦争を起こすにゃ、刃物は要らねえ。何でも使える物は火種になる」

オルドスの作戦は突飛で破天荒でいつも大多数の意表を突く。そこが冒険者とは名ばかりの野党の群れから頭一つ抜け出る点である。

そして太平とは名ばかりの不穏うずまく世の中を渡っていけるだけの嗅覚の持ち主。

彼こそが真のリーダーたりえるのだ。

グレイバスの対岸はテクセルと国境を接するトホホギス王家の直轄領だ。緊張が絶えないだけに、警戒も厳重、軍備も増強されている。

そして沖合には殺人鯨と翼竜の楽園がある。こんな戦略要衝に火の手をあげようなど、正気の沙汰ではない。

さらに、ひとたび紛争が起きれば近隣に駐屯している援軍が怒涛の如くはせ参じる。

「そ、そんな場所に半月刀で斬り込むんですかい?」

怖気づいてしまう部下たちをひと睨みで黙らせた。ひぃっと数名がかがり火から逃れるがオルドスは処刑を命じようともしない。

彼はただ感情の赴くままに粛清を続けてきたのではない。無能者をふるいにかける独自の基準があった。

そして、決起の宴に集められし男たちには合格点が与えられていた。気の緩みを防ぐために黙っておく。

「安心しろ。お前たちは理由があってここにいるのだ。使い物にならないクズは狩り終えたからな」

彼はそういうと手を打ち鳴らしてホムンクルスどもに酒を運ばせた。単純命令を忠実にこなす人造人間である。

作業に必要な最小限度の知覚と判断能力、そして簡単な会話機能以外は省いてある。

オルドスは部下と五分五分の盃を交わしながら作戦のブリーフィングに入った。

グレイバス監獄と周辺一帯の軍事基地は非の打ち所がない戦力が整っているが、それが逆に大きなセキュリティーホールでもある。

「それって夜郎自大って事でしょう」

賢そうな部下が見事にいい当てた。上機嫌になったオルドスは隣席に呼び寄せ、宝剣を与え、切り込み隊長に任命した。

勘の鋭すぎる奴も考え物だ。先陣を切って死ねばいい。

「そうだ。一帯の目はテクセルに向いている。そして自分は難攻不落だと思いあがっている。そこでだ」

慢心の隙を突くとっておきの秘策を用意した。

彼は専属の腐れ魔導士たちに命じて水槽を運ばせた。

ぎょっという驚きや悲鳴が宴席からあがる。それは大人の身の丈ほどもある大きさで、緑色の粘液で満たされている。

「ホ、ホムンクルスじゃねえのか?」

「おったまげた」

「こんなの見たこともない」

「いや、俺は噂に聞いたことがある」

異口同音に内容物を言い当てる。

「ご名答。ホムンクルスだ。それも、ただの人造生物じゃねえ」

オルドスは大見得を切ると、もったいぶった態度で説明を始めた。

要約すると殺人鯨だ。それも思春期を迎えたばかりの若い雌の個体を再現した。

殺人鯨どもの審美眼に照らし合わせて「男心」をそそる上玉だ。

美人で年頃の娘を群れに放てばどうなるか。火を見るよりも明らかだ。

ただ、あいにく、今は殺人鯨の繁殖期ではないが。それもオルドスは計算している。

シーズンオフに備えて栄養をたっぷりとつけ、大半の群れが眠る準備に入ってる。

そこにフェロモンと若い雌を投げ入んでみよう。たちまち秩序が乱れ大混乱をまねく。

「鯨が血迷えば、グレイバス諸島の秩序が乱れる。翼竜の巣は沿岸の浅瀬にあるからな。子煩悩な親龍が警戒して監獄の防空がほころびる。そして、お前たちは堅気のふりをして対岸で噂を流すのさ」

テクセルが後方を撹乱する企てを準備している。

軍人どもが出入りする酒場は基地に物資を搬入する行商や維持管理業務を請け負う工事人に解放されている。

ストレートな情報を流せば、出処を怪しまれたり、陰謀論として一笑に付されてガセネタで終わってしまう。

そこで、オルドスはもう一発、仕掛けをねじ込んだのだ。


殺人鯨の珍味が夜伽をはかどらせる。


軍人たちのなかでも猛将のたぐいは謀反を防ぐために人質として家族ごと現地に赴任している。

殺風景な最前線に奥方の退屈を満足される娯楽は少なく(風紀の乱れは軍規の緩みだ)

将官達は家庭不和の解決手段に悩んでいる。

当地に殺人鯨を食する文化はないが、野盗の群れとして各地を渡り歩いたオルドス一味にはそれなりのノウハウがある。


腐れ魔導士たちがせっせと捏ね上げたホムンクルス肉を珍味だと偽って流通させ、指揮系統の勢力を削いだあと、出処をさりげなく明かすのだ。


テクセルが殺人鯨を横流したと。

これで後方は大混乱になる。


「随分と悠長ですねえ」

「一週間が勝負だ。いや、もっと短い。でないとリチャードが処刑されてしまう」


オルドスは夜を徹して作戦の詳細を詰めた。


そして、作戦開始の陽が昇った。

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