5:00後の未来

「…と、この様に誰しもが魔王的な側面を内包しておるのです。検察側が提示したシナリオを数億回にわたり検証しましたが、やはり先ほどの様な事態に収束します」

弁護人がシミュレーション結果を別ウインドウに掲示するとワイプ画面に怒号が渦巻いた。口角泡を飛ばす者、沸騰した薬缶をアニメーションさせる者。青筋を接写する者、参加者はそれぞれの個性で不満をあらわにした。

「検察側、何か質問は?」

裁判官が促しても検察サイドのアイコンはフリーズしたままだった。

「なければ閉廷します。判決は5分後に…」

人類初のVR法廷はこうして結審した。超新星爆発によるニュートロン輻射が大気オゾン層の溶剤化を誘発して1年。降り注ぐ有機溶剤の雨からほうほうの体で生き延びた人は意識をクラウドにアップロードして文明を存続していた。

転送人格「ジッド」は本来は一個人のデータセットであった。ところがクラウドストレージの記憶領域を渡り歩くうちに僅かな劣化が蓄積し「魔王」という別人格を生み出してしまった。これが統治OSの深層部に侵入し仮想世界の制服を企てたのだ。クラウドの人格は負荷軽減の為に分散処理される。

この時点で「個」という概念は失われるため、どこからが個人という境界が曖昧になり、個人としての刑事責任を問えるのかとうかが争点になった。

検察側はサブセットの人格であろうとも一定の論理思考が機能するのであれば「人」として刑事責任を問えると主張したが…。

「判決を申し渡します」

裁判長は宣告すると傍聴枠がしんと静まり返った。

「判決…」

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